ファンタジア

フォルクス24

 およそ、フォルクスの人間関係というのはこれまで、そのほとんどが受け身だった。
 例えば、アカデミーに入学する以前の近所の子供仲間のなかに、たまにフォルクスの友だちになろうとする子供がいた。それはたいてい、子供仲間のボスにほんの一時的に疎まれて、仲間はずれにされたような奴だった。
 彼らはたいてい、寂しさから、どの仲間にも入っていないでふらふらした立場のフォルクスに声をかける。子供仲間の追放は遊びで、永久ではないからそのうちに、彼らは仲間に呼び戻される。
『いいよ、別に』
 酷く申し訳なさそうに言う相手に、フォルクスはいつだって軽く笑ってそう答えていた。
『戻れるんだろう? 良かったじゃないか』
 来る者は拒まず、去る者は追わない。追ったところでどうしようもないことくらいは知っていた。他に選べるものがあるならば、誰が敢えて、気味の悪い外見をした、不吉だのなんだのと言われるような人間を選択するだろう。

 

 日が落ちた港町特有の喧噪の中。海への旅立ちの街ではいつも、そんな光景はひっそりと溢れかえっているのかもしれない。
「なんで、今は駄目なんだ?」
 ちょっと待て。そんな聞き方があるか。
「次の旅の時は甘えないのか?」
 そうじゃない。言わなきゃならないのはそういうことじゃないだろう。
「ということはつまり、あんたの問題を解決してから来るということか」
 違う。フォルクスは、頭をかきむしった。
 答えは、無い。
 焦る。
 フォルクスの理性は告げている、いつものようにすればいい、と。
 だからまず、なぜ自分が焦っているのかが判らない。
 どうせ追いすがっても無駄なのだ。行き場を見つけた者は彼の前からいなくなる。いつも通りだ。
「いままで、ごめんなさい。ありがとう」
「…っと、ちょっと待て! だから、なんでそうなるんだ」
 今にも踵を返して行ってしまいそうな彼女にかける言葉は、悲鳴に近い。
 言ってしまってから、自分で驚いている。
 完全に混乱しているふうのフォルクスを、リオはそっと見上げてくる。
 フォルクスはひとつ、深く呼吸した。頭の中の混乱した感情と意志と情報とを、混乱したままなりに、どうにか整理して、言葉に乗せる。
「嫌になったんだったら、それでいい」
 だから口調はひどくゆっくりとしたものだった。
「気になりだしたらこの見た目が気持ち悪いってのはよくわかるし、まともな感覚だ。そうじゃなくても万人受けするような器用な性格じゃないのも、自分でちゃんと知ってる。だけど……」
 なんだってこうも未練がましいのか。言いながら、自分であきれている。
 もう一度、息を吸い込む。
「だけど、迷惑とか、甘えてるとか、そういうのだったら、違う。逆なんだよ」
 見上げてるリオの目から、フォルクスは決まりが悪くて視線だけをはずす。
「悪かった。変に格好つけて、言ってないのは、卑怯だったな」
 本心を、少なくとも自分が本心だと思っているものを言うのには、ここまで勇気がいるものだとは、これまで知らなかった。
「あんたに甘えてるのは、俺の方だ。
 いつだったか、『別について来てもいい』なんて偉そうに言っちまったけど……独りになりたくなかったのは、俺の方だ」
 弱く、喉の奥で笑う。己を嘲笑するように。
「独り旅より誰かと旅をしたいと、思ってた。その“誰か”はずっとあんたなんだと、勝手に思い込みはじめてて、あんたの目的も事情もろくに聞かずに、引きずり回しちまったもんな」
 その笑い方はひどく弱々しい。表情は違ったけれど、リオはフォルクスのそういう雰囲気の顔を一度だけ見たことがあった。アルサロサの、彼がレイチェルに跪いた朝。
「いいんだけどさ、別に。あんたの旅を決めるのはあんたで、俺じゃないんだから……
 でも、まぁ、できればこの街でいきなりってのだけはやめてほしいな。ストレシアで女の子放り出す男なんてのは人非人の代名詞みたいなもんだしさ」
「……うん」
 それが、どちらに対しての返事なのか、フォルクスには掴めなかった。
 とにかく中へ戻ろうとして、リオがいまにも倒れ込みそうなほどふらついているのに気が付く。慌てて、その身体を支えてやる。
「おい、大丈夫……じゃないな」
「ごめんなさい、また、迷惑……」
「もういい!」
 気弱を追い払うように言ったせいで、半ば怒鳴るかわめくような声になる。
「だいたい、迷惑だ甘えだってあんたにそんなに言われたら……母親狂わせて、他にも迷惑かけどおしで生きてる俺が極悪人みたいに思えてくるだろうが」
 リオを半ば抱え上げるようにして酒場をかねている宿へ戻ろうと歩き始める。
「だから、俺はいいんだよ。苦にも思っちゃいないけど、あんたが迷惑かけてくれるんならそれで、俺の方はちょうど世の中並みにバランスがとれるってもんだろうが」
 勢いだけで喋っているから、論旨がめちゃくちゃだ。
 戻ると、宴はまだたけなわ、というより騒々しい。
「おや、早かったですね、フォルクスさん」
 パウが戻ってきた彼に気が付いて、なにやら嬉しそうに言う。
「もうちょっとのんびりしてきてもよかったんじゃぁないですか?」
「……パウ、あんた、何か勘違いしてるだろ」
「いやぁ、たいていそう言うんだよなぁ、若い奴は」
 息が止まりそうな勢いで背を叩いたのがゴメス。
「だがなぁ、坊ちゃんよ、ぼんやりしてると鳶に油揚げかっさらわれるような羽目になるってこと、忘れんなよ」
「だから違う! そんなんじゃない。わけのわからん勘違いを振りまくなっ」
 酔っぱらいどもをかきわけて、宿泊所になっている二階に上る。
 すっかり酔いつぶれた体のリオは寝台までつれて行くや否や寝入ってしまう。
 ちなみに、彼女に何を飲ませた、と聞きにいって渡された瓶は、本来、水やミルクで割って飲む種類の酒だった。

 

 リオの眠る寝台の同じ部屋の逆側の窓辺に腰掛けて、フォルクスは安酒を瓶のまま煽る。
 深夜。紅い月はもう消え入りそうにか細い。それを機会とばかりに輝く星の光から降りてくるような光の精霊を見上げて、指を絡めてみたりする。
『要するに、君の場合は……』
 思い出したのは、アーリンの彼へ評価の一つ。アカデミーにいた、しかも終わり頃のたった半年の付き合いでしかなかったわりに、彼女の言葉には思い出せるものが多い。
『誰かに頼られて、それを助けられる、って思うことで、自分の存在意義を確認しているわけね』
『……なんだ、それは。そんなご大層なこと、考えてないって』
『じゃ、君が自分で気が付いていないだけだわ』
 彼女の説でいけば、つまりフォルクスは誰かのためになにかができる、ということで自分という生き物が存在していていいのだという、確証と安心感を得ているのだ、ということになっていた。
「……アーリン、正解」
 自分のことを、他人の方がよく知っている、というのも妙な話だが、今になってそれが判った気がする。
 ふっ、と意識を取り戻すように、リオはその時、目を覚ましていた。ぼんやりとした視界の中に、無造作に酒瓶を煽るフォルクスが入る。
「嘲笑うか?」
 話しかけられたのかと思ったが、違った。それはフォルクスが、虚空に――おそらくは彼が虚空に見ている精霊に――投げかけたことばだった。
「嘲笑うよな。結局、俺は独りじゃ、自分が生きてていいかすら判らないんだ。
 ただ在るだけのおまえらがうらやましいってのは――ただのひがみ根性なんだろうな」
 瓶を傾けかけて、空になっているのに気が付く。三本目のそれを床に転がして、フォルクスは脇に置いていた新しい瓶に手を伸ばした。
 眼下に未だ騒々しい港町の深夜は、彼には奇妙に遠かった。

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