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フォルクス19

 テーヴァとの国境を成す山影には早くも赤い太陽が重なりつつある。リルクリルの町の外れ、山の麓に生い茂る木々と天然の土の壁を背後に構えられたラジアハンドのビショップ捜索隊の兵営は明朝の帰還出立の準備であわただしい空気に包まれていた。そんな中でも中隊長デルオはフォルクスとリオ、セザールの三人を直々に、一般人に対するには過分なほど丁重に見送った。そこには多分に、勘違いと手違いによる指名手配という不名誉に対する謝罪の意味が込められていたに違いない。
「まあ、よかったじゃないか」
 山道を歩きながら、セザールが苦笑気味に言うのに、フォルクスは頷いた。
 実際、昼過ぎにウェノを飛ばせてからの手続きでその夕刻には各地に派遣された全ての捜索隊に対して指名手配が正式に撤回された、というのは迅速を極めてのことに違いなかった。
 加えて、ルンドからはフォルクスに対して、誠実を通り越して馬鹿丁寧としか形容のしようの無い、詫びと過日の謝礼の手紙が届いた。
 フォルクスとしては少々複雑な気分である。何しろ、つい先日さんざんもめあった挙句に説教された相手なのだ。
「……厭味、じゃないよな」
「ひがみすぎだ」
 判ってます、とフォルクスは答える。
「どうもすみません。付き合わせちゃいまして」
「あの調子でおまえ一人を行かせる方がよっぽど心臓に悪いよ」
「……面目ありません」
 結局のところ、まる一日を無駄にしてしまったことに違いはない。
「明日こそはハワードさんのところへ行って……」
 それからフォルクスはふと何かに気がついたように指を折って数を数え出す。
「……もう定期船が出る頃、か」
 リオ、と呼びかけて、隣を黙ったまま歩く少女の方を向く。
「何日か町見物でもしてからレクサ港へ行こう。確か、その頃に定期で出してる交易商船があるはずだ」
「……交易商船?」
 船では良い噂を聞かない、と言っていたセザールが聞き返す。
「ええ。実家が商売をやってるんで、その取り引き関係の共同の持ち船の」
 陸伝いの航路を通り、ストレシアの港を経由してクラリアットのナジェク港に入る。足は少しばかり遅いが、商売という関係上、損失をなるべく避ける為にもすぐに陸へ避難できるような航路をとるので、多少は安全でもある。
「親父か兄貴に上手く頼めればタダで乗せてもらえるかもしれませんし」
「そこから歩いて?」
 リオが確認するように言う。
「ステンダー領へ、え……と、アーリンさんに会いに?」
「ああ……そう言えばあいつ、今頃、俺の手配書を見て爆笑してるかもしれんな」
 会ったら開口一番できっとからかわれる。その情景が目に浮かぶようだ。
 ふと、リオが足を止めた。もうじき町に入る山道の、草木の生い茂る脇の方へ目を向ける。
 それで、フォルクスもおそらく同じ気配に気がついた。
「ちょっと……すみません」
 セザールに断りを入れて、フォルクスはリオを促してその茂みに分け入った。
 覚えがある、歪んだ魔法の力の流れ。
 案の定。入って行った茂みの中に、ぽっかりと開いた円形の、のっぺりと何も無い空地を見つけた。頭痛がしそうなほどの歪んだ魔力の流れがその円に満ちている。
 環(サークル)。
 セザールにこのことを説明せずに入ってきたのは、彼が気がついているかどうかに自信がなかったからだ。
 同じように魔法使い、術師などとまとめて呼ばれる中ではあるが、アルケミストというのは一種独特な位置にある。ビーストマスター等も含めて、ほとんどの魔法使いに共通するのは自らや他の何かの力を媒介として、自然界に超常の現象を引き起こす、ということだ。言って見れば、ぱっと見には無から有を生じさせる種類の力である。技術や知識も必要だが、感覚がものを言う領分が非常に高い。
 アルケミストは違う。傍目にはよく似て見えて、彼らが行うのはほぼ総じて“高度な普遍”である。何よりも高度な知識と技術を必要とするが、それさえあれば実は誰にでもできることを探求する。
 アルケミストの領分は、超常ではなく、無限にある普遍の世界。彼らはその探求者である。
 もちろん、その過程の中で他の魔法に触れる機会は少なくはないし、環(サークル)ほどの歪みがあれば感の良い者なら気がつくこともある。感じ取れなくとも知識として持っている者も少なく無い。
 それでも、絶対に判る、とは言いきれなかった。
「アカデミーの記録の方を疑いたくなってくるぞ、全く」
 記録によれば、環(サークル)による魔力の歪みそのものは十年も持続すれば長すぎる、ということだから、例えばこれが百年前にできた環(サークル)であるという可能性は限りなく低い。
「……百年か二百年に一つが、アスリースだけでもう三つ目かよ」
 どうなってるんだろうな、いったい。口の中で、フォルクスは呟いた。

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