ファンタジア

フォルクス15−1

 結論から言えば、ルンドとレイチェルの再会を妨げようと立てたアルフェリアのささやかな目論見は失敗に終わった。相手の正体をろくに知らないままのフォルクスとルンドが二人して一緒にそのボロ小屋を探し出して来てしまったのである。
 二人が会ったのは宿屋スクワーニの入り口で、だった。再びレイチェルが帰っていないことを確認したフォルクスが出てくるところに、ちょうどルンドがやって来たのだ。
 お互い、「あ」と声を上げた。
「いつぞやの魔法使いか」
「……どうも、おひさしぶりです、騎士さま」
 フォルクスがレイチェルと出会う前、彼らは一度、ストレシアの砂漠の町で会っている。レイチェルの行方を訊ねて回った数は知れないが、そんな中でも、何しろ成長した白子という特徴が強烈で、ルンドはその時のことを覚えていた。お互い簡単に名乗ってから、ルンドは、この宿にエルフの少女が来なかったか、という聞き方をし、フォルクスは探しているのだがここにはいないようだ、とだけ答えた。
 フォルクスはアルフェリアの語った騎士について勝手に“お目付け役の頑固じじい”というイメージを持っていたから、彼がその騎士だとは思いも寄らなかった。
 かくして、二人は共同でレイチェルを捜して回ることになった。小さな町である。すぐにナイト風の少年とエルフの少女が町はずれのボロ小屋へ向かったことは知れた。
 レイチェル様、とルンドが呼びかけるよりも、フォルクスがレイチェルの前に立つ方が早かった。
「レイチェル! 何処で何やってたんだ、心配しただろうが!」
 あ、やばい、とアルフェリアは思った。
「だいたい、あんな所で実験中の魔法なんか使うバカがあるか。その上なんだ、その格好は。着替えくらい……」
「…おい、魔法使い」
 背後で、怒声を無理矢理押えたような声が呼び掛ける。
「その方のご身代を知らぬわけではあるまい。少しは口の聞き方に気をつけろ」
 それから、レイチェルの前に跪いて言う。
「レイチェル様、どうかラジアハンドにお戻りを……」
 フォルクスは、これ以前の二人のやり取りを知らない。いきなりそれはあんまりではないか、と思い、少しむっとして口を挟む。
「いきなり帰れはないでしょう。市井の父親だって、多少物分りのいいのなら、家出した娘を見付けりゃぁ、まず理由を聞くもんでしょう? なぁ、レイチェル」
「口の聞き方を気をつけろと言ったぞ、魔法使い。それに、ラジアハンドのビショップ猊下を市井の娘を同列に扱うな」
「同列以下に見えるって言ってるんです! おい、レイチェル、お前、何かやることがあるって言ってただろ!」
「せめて“様”とつけられんのか!」
 空気が殺気立っている。当のレイチェルにすら返事をする間も無いと言った感じだ。完全に取り残されたアルフェリアは恐る恐る口を挟んだ。
「あのぉ、宿かどっか、移らない?」
 その意見は容れられた。それから初めて、アルフェリアはフォルクスに同行していたもう一人の少女がすぐそこで、一見平然と居たのに気がついた。

 もう、何度目だったか、誰もが数えるのも面倒になってきた。
「いい加減にしろ、魔法使い!」
 ルンドがキレた。彼がこう呼ぶ相手はフォルクスだ。たぶん、一回もフォルクスを名前で呼んではいない。
 結局あれ以来まるっと半日、ルンドは「帰りましょう」を繰り返し、その横でフォルクスがなんのかんのと文句をつける、というのが延々と続いている。
 セザールが馬を預けて宿へ入った時にはもうそんな状態だった。リオは名乗るだけは名乗ったが、彼にとってはもう一人の新顔の成長した白子という、一種奇妙な青年の名はアルフェリアから聞くしかなかった、という始末だ。当然、町で見掛けた不審な兵隊の話など持ち出す暇もない。
「よく続くよなぁ、あいつら。ねぇ、レイチェル……さま」
「そーですね〜」
 こんなやり取りも何も無ければ睨み付けられるところだろうからアルフェリアにしてみればいい避雷針とも言えなくもないが。
 だいたい、それぞれがレイチェルのため、と正反対の主張をしていることが質が悪い。さらに質が悪いのは、いちいち過剰に反応するルンドをフォルクスが変に面白がって、わざわざ怒らせているようにも見えなくもないことだ。
 今だって、結局こんな面子で囲むことになった夕食に、蝸牛のスープとやらを味見に頼んだフォルクスが、よりにもよってルンドの目の前でレイチェルに「これ、けっこう美味いぞ、食ってみるか」などとやったのが原因だ。
「その態度を改めろと何度言わせる!」
「最初っからこうだったんだから仕方ないでしょう!」
「まずその根性からしてけしからんと言っている!」
 ルンドの手が、ついに剣の柄に伸びる。
「黙ってそこへ直れ。その根性もろとも叩っ斬ってくれる!」
 潤れた鈍い輝きを放つ刀身が付き付けられる。一瞬だけ、フォルクスはたじろいだ。それくらいに迫力があったのだが、こちらも意地になっている。
「や…やれるもんならやってもらいましょう、この公衆の面前で。くたばる寸前にはカマイタチ作って道連れに切り刻んで差し上げますっ!」
「ルンド! フォルクスさん! お食事中に暴れちゃいけません〜」
 さすがにレイチェルが声を上げると、二人とも一度は押し黙る。
「申し訳ありません」
 とルンド。
「ああ、悪い」
 フォルクスの言葉にルンドはそれこそ殴り付けてやりたいのを我慢している、という風に睨みつける。
 こいつに邪魔をしようと持ち掛けたのは当りだったのか、外れだったのかどっちだろう、とフォルクスを盗み見て、アルフェリアはこっそりと嘆息した。

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