ファンタジア

クロスド6(仮面と少女と竜使い1)

 潮の香りが鼻孔をくすぐる。
 乗合馬車の窓から見ればそこには一面の青……いや蒼。
「ここで、海ー、とでも叫んでくれれば分かりやすいんだろうな」
 彼女の後ろから掛けられる声。
「あいにく、そう言った趣味はない」
 そうリエルは冷たく言い放つ。彼女の瞳の先には空と、そして海。青と蒼。自分の嫌いな色。
「海か……来るのは初めてだな」
 もしかしたら憶えてないだけで来たことは在るのかもしれない。しかし、そんなことは今は関係ないし、これからもそうだろう。
「ところで、何故港町へ? てっきり私は王都へ向かうモノだと思っていたが」
「ん? それはな、ココには信頼できるガンスミスがいるんだ。ココまでの道のりでオレの銃も弾丸尽きたしな」
 それだけじゃないけどな、とクロスドは雇い主の少女に聞こえぬよう呟く。
「それにこれから船で旅するしな〜」
 さりげなくさらっと言い放つ言葉。あまりの自然な雰囲気に何を言われたのかリエルは理解するのに少し掛かった。
「船だと? それでは退路を自ら断つようなモノだ。そんなことで大丈夫なのか?」
「奴さんもそんなこと解ってるよ。だから裏をかく」
 そうにこやかにクロスドは答える。

 そんなことを話していたとき馬車が軽く揺れ、そして止まる。
「もう着いたみたいだな。それじゃオレは行くところがあるから、嬢ちゃんは先に宿取りに行ってくれ」
 言うが速いか、クロスドは馬車から降りる。
「お前は私の護衛だろ? それなのに私を一人にするのか?」
「大通りに居れば大丈夫さ。今までだった奴さん人目に付くところでは襲ってきてない」
「それでも襲われた場合どうする!」
「そん時はオレが助けにきてやるよ〜」
 そんなコトを言いながら人波に消えるクロスドを見てリエルはため息を付いた。

 

 古ぼけた酒場。傍目にはそう見える建物の中に入ったら、やはり古ぼけた酒場だった。
 カウンターの奥で新聞に目を通していた主人らしき40がらみの男は店内に入ってきた仮面の男――クロスドに目を向けると口を開く。
「昼間っから酒とは優雅な身分だねぇ」
「あいにく酒は飲めない質なんだ」
「それじゃミルクか? ココを三本ほど行った裏通りに良い娼婦宿が在るぞ」
「あんたのゲスな冗談を聞きに来た訳じゃないんだがな」
 そう言いながら座るクロスドの前に一杯のグラスが出される。
「古いなじみだ。少しばかり冗談につきあえ。で、売りか? 買いか?」
「今回買いだ。ちょっと調べて貰いたいことがある」
 そう言ってクロスドは目の前にいる男、彼が贔屓にしている情報屋に一枚の金貨を投げる。
「リエル・クロス。この少女に付いて調べられるだけ」
「その嬢ちゃんだったら調べることもねぇ。ココの所話題の人物だ」
 言いながら情報屋は自分用にグラスを持ち出しクロスドの前に腰掛ける。
「裏でな、数ヶ月前に匿名で賞金が掛けられてる。生きたまま引き渡せば結構な額になるって、実力もねぇ奴らが盛んになってる」
「賞金? いくらだ?」
 答えるより速く情報屋は指を二本クロスドの前に差し出。
「二万か? 端金じゃないか」
「アホ。二百だよ、二百万。嬢ちゃん一人連れてって二百万。破綻じゃねぇか」
「破綻ねぇ……。連れてくのはかなり手こずりそうだけど」
「で、賞金のことも知らんで聞いたんだ。何を追ってる?」
「二週間ほど前に、国境近くの山奥でばったりと。一応素性は聞かないと言ったが、調べないとは言ってないんでね」
 しれっと言うクロスドに、情報屋はやれやれと肩をすくめる。
「……ほれ、情報料。いつも通り十万入ってる」
「あいにくこのネタは値上がりしたんだ。十じゃ足りないなぁ」
 革袋を取り出すクロスドを情報屋はそう言って止める。
「ったく、足もと見やがって。いくらだ?」
「七十」
「高い。五十にまけろ」
「それじゃ五十で商談成立だ。で、値上がりした原因だが、ちょっとヤバイネタが入ってきたんだ」
「ほう?」
 情報屋の話に興味深そうにクロスドは呟く。
「とあるヤバイ奴がその嬢ちゃんを追って入国したって話がある」
「誰だ?」
「名前はわかんねぇよ。通り名じゃファントムフェイス――顔のない男、って呼ばれてる。超A級の殺し屋さ。本名、年齢、性別、経歴、全く不明。依頼主とも代理人を立てて逢うため目撃者はゼロ。ただわかってんのは暗殺成功率100%ってコトだけ。何にせよヤバすぎて調べるだけでもこれだ」
 そう言って自分の首を手で切る動作をする。
「そんなヤツが始めて影と言える影を出したんだ。値だって上がる」
「そうか、あいつファントムって言うのか……」
 そう言ってニヤリと口を歪めるクロスド。
「って、まさかお前なんか噛んでるな! そうかだから奴も今回は尻尾見せてる」
 飛び掛かってきそうな勢いの情報屋の顔面にクロスドは先ほどの革袋を五つ突き付ける。
「約束通り五十。それと大至急船のチケットを頼む。正規ルートより速く頼むぞ。目的地は……そうだなアスリース辺りが良いな」
「オイ! お前自分がどんな状況になってるかわかってんのか! 船に乗ったら逃げ道無いじゃねぇか!」
「逃げ道ねぇ〜。嬢ちゃんにも言われたな。まぁ、こっちの逃げ道がないってコトは、奴さんも逃げ道無い、ってことなんだよな」
「……お前、なに言ってるんだ?」
「どうもここ数日付けられているような気がするんだ。このままじゃおちおち風呂にも入っていられない」
 この仮面の男が何を言っているか気づき情報屋は青ざめる。
「てっコトはなんだ? お前奴を誘い出そうって魂胆なのか? オイ正気か?」
「そ言うこと。だから後続が来る前に船に乗りたい」
「……どうなってもしらんぞ。今から手配すれば三日後になるな」
「三日? それなら普通に手配した方が速いじゃないか」
「このごろ難破で欠航が多いんだよ。普通に行ったら一週間以上かかる」
「海賊か?」
「俺も最初はそう思ったんだがな、どうやら違うらしい」
 そう言ってグラスに口を付ける情報屋。
「帰ってきた奴が言うには“歌う亡霊”が出るらしい」
 その口調は全く真実みを持っていなかった。
「亡霊……ねぇ」
 クロスドも軽い感じで呟いた。
 その出来事が自分に降りかかるとは思いもせず……。

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