ファンタジア

アルフェリア33

 目を覚まして最初に映ったのは見知らぬ天井だった。状況を確認するために立とうとした。けれど体は言う事を聞いてくれず、その場に起きあがるだけで精一杯だった。原因は自分でも分かっている。無理をしすぎた。それだけのことだ。
「アル、目が覚めたのか」
 突然名を呼ばれて、アルフェリアは慌ててその声の方に視線をやる。
 声の主は知った顔だった。
「フォルクス……?」
 ある程度心をゆるせる人物を目の当たりにして、少しだけ安心することが出来た。だが、アルフェリアの中の恐怖は消えることなく、脅えたままの瞳をフォルクスに向けた。
「大丈夫か?」
 アルフェリアの表情に気付かなかったのか、それとも気付かないフリをしてくれたのか。フォルクスは落ちついた様子でそう言って、アルフェリアの前にコップを差し出した。
 アルフェリアが手を出そうとしないのを見てか、フォルクスはそれを丁度ベッドの隣にあった小さな机の上に置いて、椅子にかけた。
 アルフェリアはフォルクスと目を合わさずに言った。
「……フォルクスが……助けてくれたのか?」
 フォルクスは無言のまま頷いた。
「ありがとう」
 とりあえず礼を言って、それからコップの方に手を伸ばした。
 一口、二口それに口をつけたところでアルフェリアはあることに気づいた。
「フォルクス、おれ……どこに倒れてた?」
 アルフェリアの記憶は飛んでる途中で途切れている。
 あの高さから落ちていれば死亡か、それでなくとも重傷は間違いない。
 魔力を使いすぎたおかげで体はふらついているが、怪我はなかった。
「落ちてきたんだよ。上から」
 アルフェリアの表情が一瞬にして変化する。それは、怯え……。
 フォルクスはもともと言葉が多い方ではないが、いつも以上に言葉少ない彼の態度にアルフェリアはますます不安が募る。
 魔法が使えると知られれば、感づかれる可能性はますます高くなるのだ。――アルフェリアのもう一つの名前に。
 アルフェリアの表情の変化に気付いたのだろう、フォルクスは心配そうな顔を見せた。
「……まだ休んでいた方が良いんじゃないか?」
 アルフェリアは半分ほど残っていたコップの中身を一気に飲みほしてから、小さく頷いた。
 フォルクスに背中を向けて、布団を頭までかぶった。

 消えないどころかどんどん強くなっていく不安と恐怖に、新たな怯えが沸いてくる。
 さっきまでは人のいるところに来れば……そう思っていた。
 けれど実際にそこに来ると、今度は人がいるところだって安心はできないという思いがあらわれる。
 消えないままに少しずつ、少しずつ積み重なっていくその感情はあっという間にアルフェリアの精神を蝕んでいく。
 アルフェリアは、自身も気付かぬ間に感情を閉ざしはじめていた……。
 怖いというその感覚から逃げ出すために。

©ファンタジア