テーヴァはラージバル大陸においては寒き地である。長き冬の季は岩を凍てつかせ、痛みを伴う雪は木々を硬く閉じ込める。
だが四季がある限りは春は来る。我先にと岩々は熱を貯めこみ、あれだけ人に敵対的だった雪は豊かな森と軟らかな水を提供する。
必然だ。
そしてまた冷たき季が来ることも必然なのだ。
太古からの決定事項なのだ。
しかし、
しかし何事なのだろうか? この時は。
冬が急いて来る。
それだけではない。断じてだ!
紅葉は美々しき光景に達せず、勝虫は霞みの様に消え失せた!
冷気が岩々を狭量に凍らせると、切り裂く寒風が、
無い。
風が止まる。
澱み固体化した大気が鬱血じみた粘つく空気を醸し出す。
時が止まる。
誰しもがそう思った。
誰しもが仰々しい隊名の討伐隊の凱旋を待ち望んだ。照り輝く黒鎧に鎧われた偉丈夫の姿を捜し求めた。
しかし誰しもが頭のどこかでこうも思っていた。
神は……
絣は舞い上がった。
白き、淡光をかもし出す長大な翼をはためかせ、風無き死に瀕した空へと。
一つ翼で空を叩くと大樹が大きな木となった。
二つ翼で空を叩くと大きな木が若き木となった。
三つ翼で空を叩くと若き木が小さな緑となった。
森が濃い緑の塊と化す。
その中で枯れ茶色の空間。自然の気まぐれ。拓けた地の広場。
そこに何かが見えた。
そこで何かが消えたのが見えた。
黄金色の何かが。
とんぼをきる。
頭を地に向け、翼を閉じ――
降下。
否。
落下。
術を発動させる間は充分だ。
「……お前は敵か?」
テラ=ドラは正直なところ、状況がよく判らなかった。突然、真っ赤な二足歩行のトカゲが現れ、あろうことか矢を放って槍で斬ったのだ。どこからとも無く現れて。
これは予想できなかった。現れるのはディレクセェン=瀞かあの有翼人の術師だろうとばかり思っていた。思い起こせば、ずぶドワーフがリズマンがどうのと言っていた気がする。だが……でかい。以前に見た傭兵のリズマンはもっと細く、長身ではあったが巨体ではなかった。これでは熊の獣人並ではないか。アカデミーの研究班が喜び勇んで……。
「…………敵かと言われてもな……」
トカゲは喋った。
どうやらこのトカゲをリズマンと認めなくてはならないようだ。抵抗がある。いまだ微動する生きし死体から素っ頓狂な形の槍を引き抜く様は、どう見ても未開地の新種の爬虫人である。見た限りの装備もテーヴァの物は草臥(くたび)れた長衣しかない。他は全てストレシアの闇市でも果たして手に入るかといった風の怪しげな物ばかりである。
思い至る。
あのずぶドワーフの被害者か。
仲間だ。
力の限り認めようではないか。同志よ。
「よし。お前は味方だ。そう決めた。大トカゲよ、ともに歩もうぞな」
「ぞな……いや待て。あんた何者だ? あの怪物は何なんだ?」
トカゲの同志は――表情がよくわからない――続け様に問いを発した。地に濡れた変な槍を手にして。
「それはこっちが訊きたいな。俺はテラ=ドラ。アスリースの……まぁ何だ? 頼れるやつか? そんなもんだが、お前は誰だ?」
「……おれはリョウルク。在村漸の話で動いている。これでいいか?」
やはりトカゲの同志は仲間らしい。
「おう、了解。で、瀞の姐さんはどこだ? 一緒なんだろパーティは」
「…………知っているのか。どこまで?」
「…………俺のこと知らないのか……? ま、いいがね。と、忘れてたが――何だと」
テラ=ドラは自らの眼を疑った。見切りの、誇り持ちし絶信の両眼を。
いない。
不覚に陥っていた短躯の男、タントル=スカイがいない。
あるのは、上半だけで飛びかかるという業をしてのけた『獣』の“残骸”と、もはや動く筋肉まで破壊されたオーガの死体のみ。
あの在村の付き人の姿がどこにもない。
「どうした?」
トカゲの同志――名は瞬間で忘れた――が呑気そうに問いを発した。