「おい! タントルさん。大丈夫か? どうしたんだよ、その獣といい。おい! 姐さんたちはどこだよ!? 一緒に来たんだろ? 通じてるかー? タントルさん。タントル=スカイさんよ!」
テラ=ドラは理解できない焦燥の念にかられタントル――刀匠在村漸の弟子の元に駆け寄った。中途にある獣に『似た』屍骸には眼もくれない。彼にとっては判らない獣は敵でしかない。アスリースから厄介払いそのままで遣わされた理由が、この程度の異化生だったのなら大した修行にもならない。その程度の認識。「タントルさんよ! どうしたってんだ畜生が……俺をアスリースに帰らせない気か?」
双刀を両肩の分割式鞘に戻し、短躯の青年を揺する。
「おい! わかるかテラ=ドラだ! 漸さんのお気に入りの! あんたに三戦三勝した! 双刀穿流(そうとうせんりゅう)の! あんたより強い! 最強!
……………………うー」
反応は無い。空ろな視線がぼんやりとこちらを向いているだけ。その眼は鍛錬の中で後首を折った剣術仲間と同じものだ。意思の光が無い。
頬を叩く。やはり反応は無い。いやに冷たく硬い感触が掌に残る。
「本格的にやばいな……。姐さん達はどこ行ってんだ……? あの巨人はこういう時のためにいるんだろう……違うか」
ため息。決意の。
「――――」
ぬめる足元に構わずタントルを担ぎ上げる。自分にも届かない背丈のくせに筋骨が発達している分、重い。だが、膂力には自信がある。伊達酔狂で双刀穿流を皆伝した訳では断じてない。
担ぎ上げるとタントルは首を回した。後ろに。
気になった。
腕を鞘に掛けさせ、自分も回ってみる。
回した。
――何かを見ている?
廻旋。青年の視線が自分と同じ所を見つめている事が、わかる。
「いや、楽しいね。――最高だ」
その先には獣がいた。
見下ろしていた。
決断は遅かったのかもしれない。
しかしやらないよりは遥かに良い。今の状況では自分は――足を引っ張っている。たとえそれが種族による差であるとしても、自分は認めたくなかった。
下らない意地だ。
「リョウルク! 行け。先に行ってな! 大丈夫さね。足跡くらい判る!」
「絣(かすり)! 上から見てみな! 自分で行動するさね!」
「昌(しょう)! もっと速く走れるだろう!? 獣人ってのは!」
続け様に指図する。全力で走りながらなので一気に体力が削られるが、良い。指図は自分の役目。皆に役目を与えるのも自分の役目。理解の範疇だ。
「サラフ! 頑張って引っかかってな!」
足を休めるわけにはいかない。リョウルクとサラフィティスの姿が消えても、絣が何時の間にか羽音もさせずに飛翔していても、昌が意外に普通に走っていても自分は役目を終えた訳ではないのだ。
呼吸と整えながら走る。乾きかけた腐葉土は具足に食らいついてくる。重い。思えばこういう風に森の中を走るのは初めてだ。足に纏わりつく土の対処法を誰かに訊かなくてはならない。いつか。
気ばかりが焦る。
「――っ!」
舌打ち。
自分は導く者なのだ。結果を予測して指示を出し皆を自在に操るのだ。皆のために。
それがなんだ。今の状況は。
前々から深いところで渦巻いていた意地――種族の力の差。
自分は全てにおいて勝ちたかった。
目標のために。
自分を作り上げた街のために。
もう忘れかけていたあのドワーフを探し出し、街の夜を見るために。
種族の差を超えて――ハーフエルフ故に、何かに秀でる事のないハーフエルフ故に勝ちたかった。
だが。
そんな下らない意地のために戦友を危険な目に合わせようと、――否、ひいては全員の、アディンバルの民全員の危険を招くこととしたのだ。
超えられない差はある。
今はそれが解かっただけで充分だ。
何かが見えた。
走法を変える。
狩人の走り。上半身を前方に突き出し、尾までの背骨を固定。脚は意識せずに回し続ける。
速度は落ち、どこかに引っ掛かっているらしいエルフが引き摺られる音が聞こえるようになる。まぁ良い。本格的に狩りをしていた頃には程遠いが視界が安定する。微動だにしなかった遮光版の有用性を改めて思いながら、背嚢の側面に掛けてある異国製の合成弓を取る――その時にやたら薄っぺらいサラフィティスを見たような気がしたが気にしてはいけない。弓を水平に右手に。左手で瀞に押し付けられた銀混ざりの重矢を数本抜き取り、引く。
左手が暴れた。
筋力さえも知らぬ間に落ちている。道場では最重量の長巻の鍛錬をしていたというのに。実戦と鍛錬の差。それが明確に感じられる。
構うものか。
篭手がきつく感じられるほどに力を込めて、狙いを進行方向――木々の途切れめに付けておく。
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁがぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぐぉぁぁぁぁぁぁ痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいたいたいたいたいたいたい腐葉土は中に何か腐りかけの屍骸がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ
耳には何の音も入りはしない。
森があける――
「――!!」
リョウルクは左手を解放した。