「……頭が痛い」
太陽もかなり上に昇った頃、起きた途端に頭痛が走った。
別に酒を飲んで寝たわけでも、頭をぶつけた訳でもない。
しかも……眠気が酷い。
ルンドはその頭を何とか正常に戻そうと洗面所に行くため何とか立ち上がった。
まるで睡眠を誘う魔法でもかけられたような眠さと、頭痛の症状だった。
ベッドの縁を掴むとなにやら木の置物のような感触がした。
そこに目をやると、ランディシャのお守りだった。
(? 前客の忘れ物だろうか……)
ならば届けてあげなければいけないが、この広いクラリアットで落とし主を見つけるのは不可能に近い行為だった。
「昨日見たときは無かった様な気もするが……ここの主人に預けるか」
そういって自分のズボンのポケットにランディシャのお守りを大事そうに入れた、が、また頭痛が襲ってきたので慌てて洗面所に駆け込んだ。
頭痛と格闘していると、何とか収まりはしたがランディシャのお守りのことはすっかり忘れてしまった。
「あ、ルンドおはよう〜」
「おはようございます。
昨日は久々にレイチェル様はゆっくりできましたか?」
そんなことを言われて、い〜え、昨日(今日)は闘技場でバトっていたのでそんなにはゆっくりしていませんでしたわ〜
と、いうような事はレイチェルは勿論言わずに適当に流した。
「ルンドの次の対戦日時はいつなの〜?」
さりげなく聞いてみた。
無論、日時によってこちらの行動を検討するためだ。
「次の試合は、バードマンの『ダルク』さんと今日の……また夜中の11時半からになりますね」
「そうなの〜、優勝するまで7回もやるんだから大変ですわね〜」
「またレイチェル様は寝ていらしてください」
「分かりましたわ〜」
といいつつレイチェルが隠し持っていたスケジュール表に日時を書き込んだことは言うまでもない……
「時間があるので買い出しに行ってきますが、何か買う物はありますか?」
「いいえ〜、別にありませんわよ〜いってらしゃ〜い!」
「え、あはい……行ってきます」
レイチェルのことだからてっきりついてこようとするのかと思っていたが、そんな素振りを全く見せないので逆に面食らってしまったルンドだった。
一方レイチェルの方は、本当は無理にでもついて行ってやろうと思っていたのだが、丁度これから二回目の試合が一時間後に控えていたのでどうしても行けなくなってしまったのだった。
試合があまりにも凄いモノだったので、コロシアム主催者の方の独断で出した結果のためだった。
いわゆる客寄せのために自分だけそんな扱いをされるのは正直腹が立ったが、仕様がないと諦めるレイチェルだった。
「あ、やっぱりありましたわ買う物〜、はいこれがリスト〜」
少し演技臭かったが、レイチェルが今思い出したように紙に何か書いてルンドに手渡した。
そういって差し出されたお買い物リストはルンドが目を丸くするほどの量だった。
「……本当にこんなに沢山買われるんですか?」
リストを指差しながら思わず聞き返してしまった。
「勿論ですわ〜、これを全部買い揃えるまで帰って来てはいけませんわよ〜」
「『ヴァルキリーの羽』は分かりますけど、この『レインボーブラシ』というのは何ですか? 名前からしてこの旅に必要とは思えないのですが……」
レインボーブラシというのは実は今流行の子供用玩具の一つで、名前の通り、紙に絵を描くとその絵が暫くすると虹色に輝き出すという商品で、どこの店でも売り切れは必至といわれているほどの超人気商品だった。
そんな物とは露知らずルンドはレイチェルに、それは歯ブラシでそれで歯を磨くと虹みたいにピカピカになるんですのよ〜。
旅に歯ブラシは必需品でしょ〜、と、言葉巧みに騙され、少し訝ったが結局何の疑いも持たずに買い物に出かけていったのだった。
「ふぅ、これでルンドは暫くは帰って来られませんわね〜! では早速行く支度をしましょ〜!!」
嬉しそうに支度を始めるレイチェルだった。
「どうして見つからないんだ?」
宿を出てから既に8時間が経過していた。
ルンドはクラリアットの城下町の大通りをうろうろしながら途方に暮れていた。
私的用の買い物とレイチェルの長いリストの買い物は殆ど買った。
しかし、まだ一つ買い終えていない品があった。
ご存知『レインボーブラシ』である。
「本当に存在するのだろうか……」
そこまで疑いたくなってきた。
ありとあらゆる店にそれを売っているか訊ねてみたが、そこの主人達は口を揃えて
「名前は知っているが、見たことはないなあ……」
という返答を返すだけだった。
「困ったな、このままでは夜になってしまう……」
顔に焦りの色が見えてきた、と、その時後ろから女性の声がした。
「ルンドじゃないの! あんたラジアハンドの騎士になってたん、ムグッ」
ここで自分の素性を明かされては困ると判断したルンドは慌ててクレオの口を押さえる。
クレオが咄嗟にこれは何かあるわね、と悟り静かになるとルンドは手を離す。
ルンドが手を離すのとクレオがほんの少し躊躇いがちに口を開いたのはほぼ同時だった。
「……どうしたのよ? あんたラジアハンド騎士になるって言ってこの国から出ていったんじゃなかったの?!」
「話せば長くなります……それより、クレオは『レインボーブラシ』という歯ブラシを知っていますか? 今探していて、なかなか見つからないのですが」
「はぁ? 何言ってるの、『レインボーブラシ』は歯ブラシじゃなくて玩具よ。今品薄状態の人気で私の弟もやっとの思いで手に入れて家で遊んでるけど、まさかあんたそんな物買いにクラリアットまで戻ってきたって言うの?!
……まあ、確かにラジアハンドにはこんな通りもそんなくっだらない物売ってる店も無いけどね……」
「……玩具……ですか?」
「そうよ、逆にそんな歯ブラシなんて聞いた事無いわよ」
「……騙された」
「みたいね」
クレオが冷たく相づちを打った。
「アッハハハハハ!!
え? じゃああんたあそこに八時間前からずうーっと居てその偉い子の言ったありもしない物を探してたって訳?!
バッカじゃないのー!
雰囲気はちょっと変わったみたいだけど、その辺は今も昔もちっとも変わんないのねーあんたって。
……プッ、アーハハハハッひー可笑しいっ!!!」
周りが驚いて見つめるのも構わずクレオはルンドの話を聞いて笑い転げた。
話の種の張本人ルンドはというと、黙ってうつむいている。
相当恥ずかしく思っているのは誰の目にも明らかだ。
「クックク……っあっと、あー面白かった!」
ようやく笑いが収まると、クレオはまたしても思い出し笑いをしそうになるのを必至に堪え、
ルンドにそういえば、と話し掛けた。
「ねえ、コロシアムには出るの? あたしは出てるんだけど……。せっかく来たんだからついでにやって行きなさいよ!」
「……もうやっています」
「へ? だってあんたの名前無かったじゃない」
「…………」
何故かそこで沈黙するルンドを見て女の感とも言うべき素晴らしく的中率が高いひらめきがクレオの脳裏を駆けめぐった。
予想が当たった場合に起こるであろう
爆発的な笑いのスイッチを押すのを必死に堪えながら……
「あ、あんたの名前って、も、もしかしてよ……
こックク……『小鳥ちゃん』っ?!!」
語尾が思わず上擦った。
少し間をおいてはい、と答えるルンド。
もうクレオは爆笑のスイッチを押すのを止めることは出来なかった……