人混みからかなりはずれた奥の細道をずんずんとリエルは進む。
街の奥は入り組んでいて、地元民でも時々迷ってしまう事もあるという道を、リエルは迷うことなく進んでいく。行くべき場所、進むべき道がわかっているようだ。
しかしエンペランサにはわからない。
「ねぇ、どこ行くの?」
エンペラサがしびれを切らしてそう聞いた。待っていれば話してくれると思い黙っていたが、一向に話す気配がないので聞いてみることにしたのだ。
「クロスドの所」
リエルの答えは短かった。理解できてなさそうなエンペランサを見て付け足す。
「彼は今――人混みの中か」
「なんでわかるのよ?」
矢継ぎ早な質問に、すぐに返ってくる答え。
「星に記されている」
「……意味わかんないわ」
「わかりやすくいうと――そうだな、星が文字で空が紙。そしてそこには無数の未来と過去が記されている。私はそれを見て動いている。それだけのことだ」
リエルが平然と言ってのける。そしてそれを聞いたエンペランサは、瞳を大きく見開いた。
「それだけのことって……それって『星のしるべ』じゃないの。
何でそんなのがリエルちゃんみたいな女の子に読めるのよ」
「ほぉ、さすがは長寿のドラゴン。良く知っている。しかし「私みたいな女の子」とは、差別ではないか?」
リエルの言葉に、今度はむっとしたようにエンペランサが言う。
「差別とかそういう問題以前の問題よ、これは!
どう考えてもおかしいじゃない。なんで人間の、しかも普通の女の子に『星のしるべ』がわかるのよ!」
エンペランサの言葉を聞いて、リエルはふっと笑んだ。自嘲気味に。
「私は普通ではないがな――まぁ良しとしよう。クロスドの所に行くまでにまだ歩くし、移動の際の退屈しのぎに少し話してやろう」
「私は『星のしるべ』が読めて、理解が出来る。……『星のしるべ』についてはわかっているよな?」
そう言ってリエルは切り出した。もちろん足を休めることはない。
「一応ね。でもちょこちょこっと聞いただけだし、うろ覚えだから一応話して」
「わかった。まずは『星のしるべ』から。この一見無造作に輝いてるように見える星々は、実は綿密に計算されて並べられている。
【空】という紙には【星】という文字でこの大陸、この世界のあらゆる未来や過去が記されており、本来それらは妖精や精霊などの、ごく自然に近い存在でないと理解不能である。これが『星のしるべ』」
「そこまではいいわ。では何故あなたが『星のしるべ』が読めるのかしら? ごく自然に近い存在じゃないと理解できないのでしょう?」
いつもとは違う真剣なエンペランサの声。
「適当にはぐらかそうと思ったが……無理みたいだな」
リエルは肩を竦め、ふぅ、と息をつく。
「まぁ、聞いてくれ。私が『星のしるべ』を読んで理解することが可能なのにはそれなりの理由がある」
「もったいぶってないで早く言いなさいよ」
「そうせかすな。私が理解出来るのは、いわば生まれつきの才能というやつだ」
リエルの言葉に、腑に落ちないと言わんばかりの表情のエンペランサ。
リエルは歩調を緩やかにし、静かに語る。
「私は生まれたときから不思議な力があった。まだ言葉を教えてないはずなのに喋ったり、私が言ったことが本当にあったり、突然空に飛び上がったり。その他にも色々あった。とにかく妙なことだらけだったがな。
いつしか父はそんな私をおそれ、恐怖に戦き(おののき)、それを暴力という形で私にぶつけてきた。
私はこの不思議な力が『星のしるべ』の仕業と知った。
そして私は、星から過去と未来を読む術(すべ)を覚えた。
それから私は魔法の勉強をして旅立って、今に至るが……何か質問は?」
「ありまくりよ」
今まで黙って話を聞いていたエンペランサは話にめどがついた、もとより話が終わったので不満げに言った。
「ほぉ。例えば?」
リエルの声に、正直「おちょっくてるでしょ」と思った。本当におちょくられているように聞こえなくもない。
「そんじゃぁ聞くけど、何であなたには『星のしるべ』を理解するだけの力が元から備わっていたのかしら?」
沈黙。リエルはなにか考えている素振りで上を向いたり首を傾げたりした。
そして――
「知らない」
きっぱりしっかりはっきりと断言された。あまりにはっきり言われたので、危うくエンペランサは納得してしまうところだった。
「し、知らないって……」
エンペランサの顔はもはや絶望的な表情に彩られている。
「知らないものは知らない。知ってたら実の父親に暴力も受けて無いと思うが……さて、そろそろクロスドに会えるのではないかな?」
リエルの言葉に辺りを見ると、いつの間にか人混みの近くまで来ていた。
「この中からクロスドを探すの?
大変そうね」
「なに、問題ないだろう。あれは少々変わっているからな」
「変わっているどころじゃないわよ、クロスドは!」
変なところに力説するエンペランサ。
と、その直後に背後から呆れたような声が聞こえた。
「変どころじゃないってのは酷いな、トカゲ君」
噂をすればなんとやら。クロスドであった。
「ちょっと、ブレスくんは?」
「知らん」
ケロッと言われて、エンペランサはいまにも掴みかからんばかりである。そんなエンペランサの首根っこを掴みつつ、リエルは言った。
「1時間後にブレスが騒ぎを起こす。その傍にお前も見えたのだが、本当に知らないか?」
「知らない。……が。何で1時間後なんだ?
たれ込みでもあったのか?」
あるわけないと思いつつも聞いてみるクロスド。答えは意外なものだった。
「あぁ、そうだ」
「…………」
さすがのクロスドもこれには何も言えなくなってしまったようで、言葉がない。
「冗談に決まっている。そんなに黙るな」
リエルは呆れたように言う。しかし一向にクロスドは黙ったままだった。
「どうした、クロスド?」
さすがにこれには心配になってリエルが声をかける。エンペランサはパタパタとクロスドの目の前に飛んで行き、ブンブンと手を振る。
「邪魔だ」
しっしっ、と払われた。真剣に考え事をしているらしい。
「やばいな。ブレスを早く見つけないと……」
いつになく焦っているような声音のクロスドを見、リエルとエンペランサはお互いに顔を見合わす。
「嬢ちゃん。ブレスの居場所も分かるか?」
「あぁ。わかる」
「案内してくれ」
「わかった。……こっちだ」
短いやり取りののち、サッと空を見上げてリエルは走り出した。クロスドと、そして何がなんだかまたもわかっていないエンペランサが後に続いた。
「一体なんなのよ……もう!」
というエンペランサの呟きは、前をゆく二人に聞こえることはなかった。