「それで、リーザさんはこれからどちらへ?
昨日からずっと拙者のあとをつけておられたようですが……」
外は暑いからと、今出たテントにもう一度招きながら楽が訊いた。
「えっ……知ってたの?」
テントに入るなり、急に驚いた表情になってリーザが訊き返す。
「はい。
ちょっと前にある集団に囲まれまして、それ以来追っ手が度々来るのです。
それで、背後には気を付けていたんですが、今度の追っ手は少し様子が違うと思って、気にかけていたんです」
「そうだったの……あっ、言っとくけど、私、追っ手じゃないよ」
リーザが慌てて付け加えると、楽は笑って「わかっています」とだけ答えた。
実際、今度の追っ手(これはリーザのことなのだが)は最初から少し変だった。
手にカムシーンは持っていないし、傍らには動物を従えている。
こちらが寝ているときには襲いかかってこずに、同じ時間には眠っている。
そして、楽が歩き出してもまだ眠っていた。
行動は単独で、しかも楽と同じくらいの年の女性。
これは今までの追っ手とは決定的に違っていた。
その女性が、急に砂の上に崩れ落ちた。
同じ砂漠を旅する旅人を放ってはおけない。
楽は慌てて駆け寄り水を飲ませ、テントを張って女性が気がつくのを待ったのだった。
「それで、どちらへ向かわれますか?」
うやむやになってしまった問いをもう一度投げかけると、リーザは考え出した。
そして、しばらくの後、目的地はないという答えが返ってきた。
「……それでは、何故拙者のあとをつけていたのです?」
この答えにはすぐに答えが返ってくる。
「それはね、楽ちゃんがいい人そうに見えたから!」
「…………」
楽はどう答えていいか分からなかった。
ちゃん付けで呼ばれたのも初めてなら、こんなに始終ニコニコとしている人と話すのも初めてである。
どうしたものかと考えていると、テントの外で物音がした。
たぶんまたあの集団の一人、もしくは二人がやって来たのだ。
「リーザさん、すこし待っていて下さい」
そう言って、楽は一人テントの外に出る。
思っていたとおり、片手にカムシーンの男が二人、楽を待ちかまえていた。
「この前は子分が世話になったそうじゃないか。
このままじゃ示しがつかないってんで、こういうわけだ!」
言葉と同時に襲いかかってくる。
今度の相手は昨日よりも少しは腕が立つようだったが、無駄に大きい体のせいでスピードがない。
楽の抜きざまの剣をみぞおちにくらって、へなへなと倒れ込んだ。
それを見て、もう一人はきびすを返して逃げ出した。
置いてけぼりをくらった、倒れている男に楽は言う。
「昨日のあなたの子分さんにも言いましたが、拙者、急いでいるのです。
こう同じセリフを言うのも、ちょうど今回が3度目です。
拙者も峰打ちはもう疲れてきました。次からは血を見ることになりますよ」
そう言って腰にさげた袋から青緑色の葉っぱを取りだした。
「ここに、よく効く薬草があります。
あなたの立場もありましょう、これを差し上げますから、そのみぞおちの打たれ痕を早く直して、子分さんの元へお帰り下さい。
拙者を倒したとでも何とでも言って下さって構いませんので、もう追っ手がかからないようにして下さい」
それでは、と言って楽はテントに戻った。
男は倒れたまま薬草を握りしめ、しばらくじっとしていたが、その後ゆっくりと立ち上がり、目をこすりこすりして東に向かって歩き出した。
テントに戻るとリーザが犬と遊んでいた。
シェプシ、シェプシ、と言ってじゃれているところからみて、この犬の名前はシェプシというのだろう。
随分と仲がいい。
もしかしたらヘスティアのように動物と喋れるのかもしれない。
何だか少し羨ましい気がした。
「あ、楽ちゃん、もう用は済んだの?」
こちらに気付いたようで、リーザが楽しげに言った。
「はい……」
「私、決めたよ」
いきなりリーザが言った。
「……決めた、とは?」
何のことだかよく分からない楽は、そのまま返す。
「だから、行き先。 楽ちゃんと同じとこに行く!」
「お、同じ所ですか?」
「そう、同じ所。シェプシとも話して、楽ちゃんについていくことに決めたの。
さ、そうと決まったら、早く出発しよ!」
「…………」
どう言い返すこともできなかった。
結局、断る理由もなく、明るい道連れが新たに増えることになった。
聞けば、リーザも砂漠は初めてらしい。
楽と同じように、初めは夜の寒さにはかなり驚いたようだ。
砂漠を初めて旅する者は、必ず夜の寒さに驚きを感じる。
昼間は灼熱の光が絶えることなく注がれ、どうにもならないくらいに暑いのに、夜になるとどうしたことか、真冬の寒さのように冷え込む。
なにも知らずに砂漠に足を踏み入れた者は、そんな理由で一日目の夜を越すことができずにそのまま命を落とすこともあるという。
幸い二人は寒さをしのぐ物を持っていた。
リーザは防寒用のローブ、そして楽はザブルからもらった砂漠用のマント。
どちらも完璧に寒さを防ぎはしないが、これで凍えることはない。
二人は日中ずっと歩き続け、日が落ちると早々とテントを張った。
火を焚き、質素だがお腹の膨れる木の実で簡単な夕食を取る。
楽はこれまで一緒に旅をしていたエルファとヘスティアのことを話し、砂嵐で二人が飛ばされてしまったこと、
当初の目的地が、あと3日ほどで着く予定のワジュールであることを話した。