バードの少年が隣の席に着いたのを確認した後、楽は近くに来た売り子にジールを2つ頼んだ。
酒場に入るのは初めてなのか、少年は少し緊張した風である。
「落ち着きませんか?」
そう訊ねると、少年は
「はぁ……」
とだけ答えた。
しばらくして2人の前にジールが運ばれてきた。
せわしなく動き回っているその売り子は、乱暴にコップを置くとすぐに行ってしまったが、何かを思いだしたかのようにすぐに戻ってきて、勘定書を置いていった。
「あの、何の用ですか?」
売り子の背中を見送った後、少年が口を開いた。
「あ、すみません。えぇっと……」
「エルファです。エルファ・フィスト」
「エルファさん、ですか。いい名前ですね。
あっ、エルファさんとお呼びしていいですか?
昔からの癖で、そう呼ぶのに慣れてしまっているんです。
拙者のことは『楽』で構いませんので。
先程は素晴らしい歌をどうも有り難うございました。
バードの歌は初めて聴いたものですから、聴き入ってしまいました。
それで、用というのはですね、エルファさんをバードと見込んで、お聞きしたいことがあるのです」
楽はエルファの方に向き直ってそう言った。
「拙者は今、4人の人……そのうち一人は人かどうかもわかりませんが、を探して旅をしています。
一人は拙者の父、在村漸。もう一人は母の凛です。
両親はテーヴァで剣をつくっていたのですが、拙者が小さい頃に突然消えてしまいました。
そして三人目は、アスリースの湖沼地帯に住んでいた召喚術師のザブルさん。
ザブルさんは2日前にガロンという得体の知れない男にさらわれました。
エルファさんはバードという職に就いていらっしゃる。
バードは世界中を旅していると聞きます。
何かご存知ないでしょうか……」
楽が言い終えてエルファを見ると、困ったような顔をしている。
「え〜っと、いきなりそんなことを聞かれても……。
世界は広いし、4人の名前を言われただけでわかる人の方が少ないと思う。
それに、僕はまだ旅を始めたばかりで、世界中のことを知っているわけでもないし……」
「そう、ですよね……」
楽の期待は音を立てて崩れてしまった。
この広い世界で、ある個人を探すのは並大抵のことではない。
いくらバードだからといっても、世界の全てを知っているわけではないのだ。
それを分かっていながらも、少しの希望を抱いてしまった。
やはり自分で探すしかない。
旅をしていればいつかどこかで手がかりがつかめるだろう。
少なくとも黒の月までには……。
「あっ、でも待てよ。
さっきの『ガロン』って名前、昔どこかで聞いたことがあるような……。
う〜ん、どこだったかなぁ……」
楽が黙ってしまったあと、エルファがぽつりと言った。
それを聞いて、楽がうなだれていた顔を上げる。
「本当ですか!! それはどこで?」
「う〜ん、それが……どこだったかなぁ……。
ずいぶん前だったからなぁ……。
それに、もしかしたら楽の探している『ガロン』じゃないかもしれないし」
「それでもいいんです。教えて下さい!」
「……だから、思い出せないんだって……」
二人の間に沈黙が流れた。
エルファは目の前のジールを一息に飲み干した。
多少アルコールが入っているが、これだけで酔う者はまずいない。
エルファもそうだった。
ジールの冷たい感触が喉に心地よい。
「ごめんね、力になれなくて。
僕は、これから宿を探さなきゃいけないからもう行くよ」
そう言ってエルファは席を立ってしまった。
酒場で飲む大人達に混じってその小さな体はひときわ目立ったが、そんなことはもろともせずにまっすぐに入り口へと向かっていく。
酒場の入り口のドアにエルファが手を掛けたとき、楽は言った。
「エルファさん! 拙者、明日からストレシア城に行きます。明日は一日歩くことになりますが、もしよろしければご一緒しませんか?
ご一緒下さるようでしたら明日の朝、この酒場の前で……」
一瞬止まったエルファだったが、
楽がそこまで言うと振り向きもせずに外に出てしまった。
その後、楽もジールを飲み干した。
酒場の中は入ったときよりも一層うるさくなっていた。
やはり酒場は夜の店。
昼間は閑古鳥でも、夜になると旅人達が集まりだす。
旅人達はみな一様にマントを羽織っているが、カウンターに座っている小柄の女性だけは何故かマントをつけていなかった。
あんな姿でこの砂漠を旅することが出来るのだろうか……
そう思ってじっと見ていると、こちらが見ているのに気付いたのだろうか、
「あっ……」
と声をあげると、荷物をまとめて逃げるように出ていってしまった。
不思議に思った楽は後を追う。
しかし、外に出るとそこに女性の姿はなかった。
青い月、そして砂漠の冷たい風だけが楽を迎える。
最近は突然消えるのが流行っているのだろうか……。
楽は青い月を見上げながら宿へと向かった。