ファンタジア

フォルクス4

 夜は幾分更けてきた。そろそろ宿に戻って眠ろうかという頃合、フォルクスは悪趣味としか言いようのない、ある意味で中途半端に豪華な別の宿にいた。細かく別れた密室が幾つも並び、上等な食事
を運んでくるのは最低でも標準以上に美しい女性ばかり。『楽園サライト』などという怪しげな名前といい、本来、どういう種類の宿なのかは一目瞭然であった。
 別に好きこのんでこんな所へ来たわけではない。夕刻に起こしたちょっとしたいざこざに集まった野次馬たちの一人に声をかけられて、連れてこられたのだ。本人の名乗りを信じるならば、彼はこの
夕刻にやってきたキャラバンの一員で、そのキャラバンに同行する魔法使いを探しているという。
 本来ならば、願ったり叶ったりの申し出のはずだった。しかし、キャラバン主に会うのにこんな店に連れてこられるような相手では、少し考え直した方がいいのかもしれない。
 ややあって、そのキャラバン主がやってきた。頭の半ばまでが剥げあがり、でっぷりと腹の出た中年の男が、この店に負けず劣らずの悪趣味な衣装におさまっていた。容貌の可否は置くとして、人相はお世辞にも良いとは言えない。
 絵に書いたような悪徳商人、というのがフォルクスの第一印象だった。
「ドルヴァンだ」
 印象通りの横柄な挨拶に、フォルクスは精一杯の愛想笑いで返した。
「フォルクスです。キャラバンに魔法使いがご入用とのことですが…?」
「そうだ。ただ魔法使いとなら良いというわけではないぞ。ソーサレスどもならいくらでもいる。フェアリーマスターでなければならんのだ」
「……ははぁ」
 軍隊や、高価なものを運ぶ商隊には良く聞く話だった。例えば今宵のような紅月の夜などは、同じ魔法使いでもソーサレスやクレリックの魔法の力は著しく下がる。しかし、もとから精霊という他者の力に依存するフェアリーマスターの魔法はその限りではない。
だから、間断なく、より厳密な護衛や戦力が必要な時にはソーサレスと同時にフェアリーマスターをそろえるのが定石だ。
 しかし、今日のお祭り騒ぎで見た荷物や人の噂を聞く限り、このキャラバンはそこまでの警護を必要とするほどの高価なものを運んでいるとも思えなかった。
 第一、敢えてキャラバン主が出向いて魔法使いを雇うくらいないらば、そもそもの旅の始めからそろえていてしかるべきだ。フォルクスが街中で見せた魔法程度の芸当のできるフェアリーマスターな
ど、何処へ行ってもごろごろしているはずだ。
「ずいぶん大きなキャラバンのようですが、何を扱っておいでです? ソーサレスはすでに居るのにフェアリーマスターをお探しということは、それなりの物を扱っておいでですよね?」
 あるいは、麻薬だの盗品だのといったものを運んでいる可能性もある。そんなキャラバンであったら、世話になるのはまっぴらだ。
 ドルヴァンと名乗ったキャラバン主は不意に声を潜めた。
「ほとんどは大した物ではない。ただ一つな……アリムラの宝刀というのがある」
「……アリムラの……?」
 フォルクスは眉をしかめて黙り込んだ。
 ドルヴァンはそれを知らないものと捉えたらしい。
「刀剣の話だから魔法使いには無縁だろうが、これはすばらしい価値の刀でな…」
 興奮したようにその価値を語り始めた。
 知っている。隣国テーヴァからアスリースにまで聞こえていた剣の名匠の名だ。名匠によくあるように、造る相手を厳しい目で選び、だからその剣を持つ者はその事実だけで一流足り得るという。
 当然、売られるような物でもなければ一商人の手に渡るような品でもないはずだ。即ち、盗品か、それに近い素性の品ということになる。
「……その刀匠も数年前に夫婦とも行方不明だ。この刀の価値も、これからどんどん上がる。どうだね……」

 結局、「考えさせてほしい」というごくありていの返答を残して、フォルクスはその宿を出た。泊まって行けと言われたが、タダだろうとなんだろうと、こういう所で女を買うような趣味は持ち合わせていなかった。
 外へ出た、そのほぼ目の前に、奇妙な二人連れがこの『楽園サライト』とやらの、内装に負けず劣らずの毒々しく悪趣味な装飾の建物を見上げていた。
 一人は、いかにもならず者といった風の、酔っ払い。
 もう一人は、ほやっとした雰囲気の少女。しかも、人間ではない、エルフ族の少女だ。
 奇妙な光景だった。男はいかにもといった風ではあったが、少女がさらわれてきたという雰囲気ではない。かといって、困窮して身売りを、という風でもない。他人事ながら不思議に思って悩んでい
るフォルクスの耳に、男と少女の会話が飛びこんできた。
「ああ…ぅぃ!……ここならアンタ見たいなかわいいお嬢さんを……一晩ぐらい預かってくれるさ……へへ」
「……はぁ〜そんな所がこの世界にあったのね〜」
 ……一瞬、頭の中が真っ白になった。話の流れを察すれば、男は少女にここを“普通の”宿として紹介し、しかも少女はそれを真に受けているのではあるまいか。
「おい……正気か、あんた」
 正義の味方だのいい魔法使いだのを気取るつもりはない。よほどの場合、こういう場面はほったらかしにしておくのがフォルクスのやり方だ。が、思わず口を挟んだのは、エルフ族の少女の、あまり
にも極端な無防備さに判断するのも億劫になったからだ。
 返事をしたのは、少女ではなく、男の方だった。
「あぁん…なんだぁ、おめぇはぁ……ぃぅ」
「やかましい、酔っ払い」
「…だぁれがぁ……よっぱらいだ……」
「おまえ以外誰がいる。どうせ女売っぱらって飲み代でも稼ごうってんだろが…」
 押しのけるように少女と男の間に割って入る。
「あんたもあんただよ。どこのおじょうさまか知らんが、こんな酔っ払いの話、いちいと真にうけてついて言ってるんじゃない」
 と、男がぐらりと揺れた。大した力を入れたつもりはなかったのでギクリとしてそちらを見ると、男は、そのまま道に仰向けに倒れて、そのまま大いびきを書き始めた。

©ファンタジア