まだ四才かそこらの頃だ。
五才上の下の兄が「お前の顔は恐い」と言った。フォルクスはびっくりして鏡の前へ飛んで行って、見てみた。
恐かった。それから、気持ちが悪かった。この辺りでは珍しい肌がまっ黒な人の笑顔を見て恐いと思ったことがあったが、真っ白というのはその何十倍も気持ちが悪かった。
その日から、フォルクスは鏡の前に居座って、一生懸命に、少しはましな顔をする練習をした。笑いかた、怒りかた、嫌なときの顔、“表情がない”ときの顔……どれも普通にやっては駄目だ。なるべく普通に見える顔を見つけ出した。いつでもその顔が出せるよ
うになるように。
新しい顔が必要になると、すぐにそれ用の顔を探した。とても必死だった。やがて、ほんの少し気にしていればいつでもそういう顔ができるようになると、フォルクスは元の、そうでない顔を、ほとんど絶対に、人前ではしないように心がけて、おおよそはそうなった。
いかに部屋に他に誰もいなかったとはいえ、寝起きの少女にいきなり地の表情を見せてしまったことに、フォルクスは一生の不覚とも似た感覚を持った。最近では、そういう油断はすっかり少なくなっていたのだが。
(大した事じゃない……か)
こっそりとリオを省みる。ほとんど感情に動くことのないその表情を見て、それから、無性に嬉しがっている自分に気がついた。
情報提供をした相手の騎士の態度にムカついたから、邪魔してやりたい。
奇妙な再会を遂げたアルフェリア・ノーティスに、協力とはどういう意味か、と尋ねると、彼はおよそそんな風なことを答えた。
実に単純明解、かつ少年らしいでたらめな返答だ。
フォルクスは小さく笑った。
そういう理屈は、はっきり言って嫌いではない。学生時代には似たような理由で教官やお高く止まった貴族の御曹司などにしょっちゅう悪戯を仕掛けたりからかったりしていたものだ。
加えて、ラジアハンドの騎士たちから逃げたい一心でレージラールなどという、帰って足のつきやすそうな魔法を乱発していたレイチェルの態度を思い出す。
「……そうだな。相応の理由があれば、俺はどちらかというと、その親よりは家出娘本人を応援するたちなんだ」
さらに口に出さない理由としては、アルフェリアの話を聞く限り、情報に触れただけで態度が激変するような騎士に自分のレイチェルへの対応が発覚した日には、下手をすれば叩き切られるのではないか、という憶測がある。そういう人物の方に恭順できるほど、素直な性格はしていない。
「……それじゃぁ!」
見上げてくるアルフェリアの顔があまりに嬉しそうなので、フォルクスは軽く肩を竦めた。
「あんまり早く喜ぶな。まずそのレイチェルを探さなきゃならないんだから」
「え?」
「昨日、そこの森の中ではぐれたきりでな。今から探しに行こうと思っていたところだ」
「……ビショップ様が迷子ってことも無いんじゃないか?」
「少し特殊な事情があってな。それに、そうでなくてもあちこちと気の散りやすい奴だったし……なぁ」
突然に話を振られて、リオは少し首を傾げた。
「そう……ね」
アルフェリアは何やら難しい顔をして考えている。
まぁ、フォルクスの語るレイチェルと、かの神力国家のビショップというイメージが全く噛み合わないというのは判らないでもない。
「実はもう町に戻ってきてるんじゃないかと思ったんだが、そうでもないらしい。やっぱり森の中の方をさがした方がいいらしい」
それでいいか、と付け加えた言葉は、アルフェリアへではなくリオに向かってだった。彼女は、拒否はしなかった。
「そういうことだ、アル」
いきなり名前を省略されて、アルフェリアは少しむっとした。それを見て、フォルクスは喉の奥で小さく笑った。
「今のアスリースではうかつに“アルフェリア”なんて名乗らない方がいい。あんたとよく似た年格好の、アルフェリアという名前の奴が今、アカデミーが中心になって大捜索されているところだそうだからな」
ぎょっとして、さらにその表情を押し隠して、実はアルフェリア・ランディである少年はフォルクスの異様に白い顔を見上げる。
「ランディ家という、ソーサレスの名門貴族の長男だそうだ。五年前に行方不明になったのを、今更もう一度探しているわけだが、その家の中に、歓迎派と抹殺派というのがあるらしくてな」
こっそりと、アルフェリアはこの男の表情を観察する。
「その、アルフェリア・ランディに間違われて殺されたんじゃぁ、洒落にもならんだろう、アルフェリア・ノーティス?」
“ノーティス”というのに奇妙に力が入っているような気がする。表情は面白そうな、だがそうでもないように曖昧。フォルクスがどういうつもりでこういう話をしているのか、いまいち掴めない。
「それから、あんたは見たところナイトのようだから関係ないとは思うが、森の中に魔力の流れが歪んでいる所がある。必要があれば、気をつけた方がいいぞ」
そういうと、フォルクスはリオを促して、さっさと森の方へと歩き出した。