ファンタジア

フォルクス1

 眼前に広がるのはただ砂と岩石との大地。根付く生命といば、せいぜいいじけた潅木ばかり。背を向けた故郷、森の国アスリースとの対照的な落差にいっそ潔ささえ感じるほど、何も無い。炎天と極寒の繰り返す世界への入り口に、彼は立っていた。
 白い青年、というのが、おそらく彼の容姿の表現には本来、相応しい。不吉な、と言われても文句は言えまい。
 長く伸ばした髪は言うに及ばず、顔といわず、手といわず、その肌は病的なまでに白い。本来の人間には有り得ない色といっていい。血の色が浮き出たように赤い唇と、肌同様に本来有り得ない赤い瞳は実際、多くの地で不吉や魔性の証しとされる。
 白子。あるべき色素の欠落した者。その多くは短命に終わる。彼のように二十歳を過ぎて生存する者はほとんど無い。
 彼…フォルクスは幸運だった。幼い頃こそ病弱であと一年、あと半年と言われ続けたものの、一度落ちついてからは頑健とは言えないまでもほぼ不安なく成長することができた。それには、欠落した色素に変わってかのように生来、精霊の加護を得て、それを友としていたことが大きく関わっているのだろう、と両親の知人の魔術 師は告げたという。
 その色の異様さから、不吉の象徴とされることすら少なくはないが、アスリースは魔術・学問の先進の国である。その首都ではそうした根拠無き迫害もまた、皆無ではなくとも多くは無かった。
 それでも、彼の整った容貌と、ついに回復することのなかった色素の無い体との取り合わせは、見る者に異様な印象を与え、嫌悪や同情をさそい、あるいは逆に魅了することも不可能では無かったかもしれない。本来であれば。
 彼の友たるアスリースの森の風の精霊は、先ほどからしきりその耳を打っていた。フォルクスには聞こえている。風の精霊はしきりに危険を知らせ、彼がその先へ足を踏み入れることへの警告を発している。
 フォルクスはマントのフードを持ち上げて頭を覆った。そのまま、砂漠へ向けて足を一歩踏み出す。精霊はさらに激しく危険を告げる。
 いきなり、フォルクスは虚空をキッと睨んだ。
「…やかましい!」
 一瞬、風の精霊は黙り込んだ。
 不遜。もしくは、横柄。人間の友人の表情は、一口に言ってそういう風に不機嫌だった。こういう顔をするものだから、フォルクスの周りの人間は彼の容姿や出自をつい、忘れる。 いつのまにか、普通の生意気な人間のように扱う。
(…あぶないよ)
「先刻承知だ。そもそも、危なくない状況で水の妖精族の大量失踪なんぞあるわけがないだろうが」
(…そりゃ……そうだけど………)
「だいたい、お前らもおかしいぞ。危ない危ないと……この俺がそこまで馬鹿な無茶をするわけがないだろう」
 一転して自信に満ちた不敵な笑い。この笑い方がまた、病弱とか奇形であるとか迫害とか、さらには不吉とか、そういう彼の外見の特性を一気に隠してしまう。あるいは、フォルクスは意図的にそうしているのかもしれない。
(…ん、でも、なんか……なんとなく……)
「なんとなく、か。それはまた珍しいな」
 そういう、主観的に曖昧な表現は人間のものである。少なくとも、森羅万象そのものに限りなく近い存在である精霊に相応しい表現ではない。
 あるいは、不可能であることの婉曲な表現なのかもしれない。人間よりは精霊に近い妖精の村がひとつ、突如、比喩表現でなく、跡形もなく消えたのだ。いかに彼らの親しい友であるとはいえ、結局の所、森羅万象との感化力にははるかに劣る人間であるフォルクスに、何ができるというのか。
 それでも、親しく、また幼い頃からの命の恩人でもあるその妖精たちの村の危機に、彼は何もしないではいられなかった。
(……どうして、砂漠なの?)
「それこそ、なんとなく、だ」
 手掛かりは何もない。強いて言うならば、街角で出会った三流占い師の安占いがこの方角を示し、彼の直感が悪い方角ではないと告げたから。
「どうせ長い旅になる。最初の一歩くらい、どっちでもいいさ」
 つい、とフォルクスは手を差し出した。はたから見れば何もない空間に、勘の良いものならば何か力が集まるのを感じるかもしれない。
 フェアリーマスターと呼ばれる彼ら精霊・妖精を使う魔法使いの、数少ない精霊に依存しない力の使い方の一つ。その力は球体にまとまって、先ほどから彼に警告を繰り返す風の精霊を包み込んだ。
「ついて来てくれるんだろう? 俺とおまえさんがいて、精霊たちが手伝ってくれて、いったい何の不可能があるってんだ」
 不敵な笑み。人としての色彩に欠けた赤い瞳は、限りなく人らしい生気の光を持っている。
(そ…だね)
 森の風を、フォルクスは懐に仕舞い込んだ。そしておもむろに、二歩目を踏み出した。

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