腕の中で深い眠りに入ったリエルを見てふと思う。
「……誰が麓まで案内するんだ?」
勘弁してくれ、などと深く息を吐くクロスド。
だが、この状態でリエルを起こすのも忍びない。
しょうがないのでこのまま抱いたままで山を下りよう、と思い足を踏み出そうとして気づく。自分の背後に居るもう一人の男の存在に。その男は覆面をした黒ずくめと言う格好だ。それはどことなくテーヴァの忍者と呼ばれる存在を彷彿させる。
確かにリエルに気がいっていたとは言え、しかしこの男は自分の背後を取った。
今までの雑魚とはあまりにも格が違いすぎる。
それでも自分が本気で戦ったら勝てない相手でもない。
「まったく、嬢ちゃんがこんな状態なのにボス敵登場か……勘弁してくれ」
そう言ってクロスドはリエルを起こさないよう気を付けながら走り出す。
黒装束の男とは逆の方に……。
目を開く。天井が見える。それを見て呟く。
「知らない……天井だ……」
などと呟きながらリエルは上体を起こす。その部屋は天井同様見覚えなど無い。しかし、どこか疑視感を感じる部屋。それが宿屋の客部屋だと気づくのに少しかかる。
そうして眠っていた頭を少しずつ呼び覚ましていく。
「そうか、山道で眠ってしまったのだな」
そこまで思い出してまた思う。ならば誰がココまで自分を連れてきたのだろう?
と。
そして、自分を助けた仮面の男の存在を思い出し周りを見渡す。
しかし、元から二人部屋に作られたさほど広くない空間にその男の姿はない。少し部屋を見渡し彼女は自分のベットの側のテーブルに朝食が置かれているのに気づく。
少し躊躇しながらもまだ湯気の出ているスープを手に取り口を付ける。
「……温かいな……」
彼女は久しぶりに平穏を感じていた。
「残った弾丸は後20発か〜。勘弁してくれ」
どうも昨日から同じコトしか言ってない気もする。
クロスドはリエルの居る宿屋の裏で空を見ていた。
むかしから、悩み事が有れば空を仰いでいた気がする。心のどこかで神でも頼っているのだろうか?
しかし、今問題なのは自分の深層心理ではなく未だ部屋で寝ているであろう、お嬢様のことだ。
あの山道で彼らに襲ってきた黒装束の男とは結局決着を付けられなかった。
逃げ続け、ふと気づくともう追って来てはなかった。数十分執拗に追いかけてきたのにやけにあっさりと諦めたな、と思っていた矢先人里へ辿り着いた。どうやら人の目に付くことを嫌って諦めたようである。
しかし、あの黒装束の男は実力を出し切っていなかった節がある。
(嬢ちゃんに傷が付くのを恐れて、か……)
どうやらリエルはクロスドにとっても敵にとってもお荷物だったらしい。
それにしても先ほどから考えるのは黒装束の男のことである。
何かしらあの男には感じるところがあった。
「もしかして、これは恋か!?」
絶対に違う。
まぁ、何にせよあの男は要注意人物である。
今までリエルを襲撃してきたであろうチンピラ紛いの傭兵や、山賊とはあからさまに違うプロだ。
おそらくリエルはあの男に敵わないだろ。リエルが並の術士ではないことは確かだろう。それであっても、否、それだからこそ敵わない。基本的に戦場ではそこそこのソーサレス一人で10人の剣士を相手に出来るであろう。明らかに射程が違うので剣士が近づいてくる前に撃退することが出来るのである。しかし、相手がアサシンなどになると話は違う。アサシンはソーサレスに気づかれず至近距離まで近づき、攻撃することが可能なのである。天敵と言っても違いない相手なのだ。そしてあの男はそんなアサシンの中でもかなり上位の相手だろう。あまりにも分が悪すぎる。
「このまま行ったら、あの嬢ちゃん……死ぬな」
勘弁してくれ、とまた呟いた。
「よぉ、嬢ちゃん。 体の調子はどうかな?」
部屋に入ってきたのがクロスドだと分かるとリエルは緊張をとく。
「別に悪くはない。 久しぶりにちゃんと休んだから疲れもとれた」
「それは良かった。 ココまで運んできた甲斐があったてな」
そう言って紅茶の入ったカップをリエルに渡す。
「朝食……あなたが運んできてくれたのか?」
「あなた、じゃない。 クロスドだ」
「は?」
自分の問いにそんなことを答える男を見て怪訝な表情になるリエル。
「だから名前。 クロスド・シャープネス。 ちょっと怪しい仮面がチャームポイントのミステリアスなナイスガイだ」
そこまで聞いてこの男が自己紹介をしているのだと言うことにリエルは気づく。
「まぁ、さっきの答えだが頼んだのはオレだけど作ったのはこの宿のおばちゃん。 たぶん運んだのもおばちゃんじゃないか?」
そこまで言ってクロスドは急に真面目な表情――と言っても仮面の所為で分かるのは口元だけだが――になる。
「嬢ちゃん、あんたが何故狙われてるかは聞かないが一言忠告させてくれ」
クロスドはリエルの座っているベットの向かいにイスを置き腰掛け話し続ける。
「昨日、嬢ちゃんが眠った後でとある男に襲われた。 おそらくそいつは嬢ちゃんよりも格段に強い。 このまま行ったら遅かれ早かれ嬢ちゃんは捕まる。 最悪殺されるかもな。 どっちにしろ歯が立たないだろう。 そんな相手に狙われてることを知っといてくれ」
「それぐらい……覚悟はしている」
寡黙だが固い決意がその言葉から読みとれた。
「んじゃ、ここからはビジネスの話だ」
突然ころっと軽い感じでクロスドは言葉を続ける。
「嬢ちゃん、オレを雇わないか?」