ふと、宿屋に取った自分の部屋でブレスは目が覚める。何時の間に寝ていたのかは判らないが目が覚めると言うことは寝ていたのだろう。昨日――と言っていいのかどうかは判らないが――エンペランサに付き合いクロスドを探しに街へ出たまでは覚えているがその後の記憶があやふやになっている。何かしら大変なことがあったような気はするが、覚えてないと言うことはそう深刻なことではないだろう。もう一度眠りにつこうと寝返りをし、天井に向いたときブレスを覗き込む人物と目があった。別にそのことに問題が在ったわけではない。問題があったとすればそれはその人物は“天井にへばりついてこちらを見下ろしている”と言うことだろ。
ブレスが目覚めたことに気が付いたその人物は天井からブレスを見下ろし声を掛ける。
『あっ、おはろ〜』
天井にへばりついた人物――セシアにそう挨拶され、ブレスの脳は完全に覚醒した。そしてその脳が覚醒し始めに取った行為、それは――――
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
絶叫することだった。
『酷いよ〜。いきなり叫ばなくても良いじゃない〜。心臓止まるかと思ったよ〜』
「心臓止まるかと思ったのはこっちだよ、まったく。大体なんであんたがここに居るんだよ。“霧”に捕らわれてたはずが何で俺の部屋の天井に張り付いてるんだよ……」
『……えっと……それはだね……』
部屋から出、ロビーへと向かうブレスの後ろをぷかぷかと浮いて付いていくセシア。その目は泳いでいるし、どことなく歯切れも悪い。どうやら彼女も驚かしてしまった、と言う結果は認め、済まないと言う気持ちは在るらしい。
そんなことを続けながら二人はロビーに降りてくる。彼らの他に客が居ないのか、そこにはリエルとクロスドのみが屯していた。
「よ〜坊や、特注のモーニングコールは楽しんで貰えたかな?」
「クロスド! 特注だ? さっきのはお前が指図したのかよ!」
にやにやと、陰険な笑みを浮かべクロスドが声を掛け、それに怒鳴り返すブレス。セシアは『まぁまぁ』と、二人をなだめ、リエルは我関せずと黙りを決めている。
と、ここで一つ違和感を感じるブレス。
「そういやエスは何処に居るんだ? さっきから姿が見えないけど」
「エンペランサならここだ」
周囲をきょろきょろと見回しているブレスに、やれやれと言う感じで声を掛けるリエル。その膝にはぐったりとしているドラゴンの姿があった。
「どうも昨日飲み過ぎたらしく、二日酔いだ。静かにしてやってくれ」
ぶっきらぼうな口振りとは逆に穏やかにエンペランサを見つめるリエル。
「二日酔いって……、俺が寝ている間にみんなで飲みに行ったのか?」
『あたしは行ってないけどね〜』
「だろうな、あんたが行ったら大騒ぎになってる。というか何であんたがここ居るんだよ。まぁ、どうせクロスドの仕業だろうけど……」
「仕業とは人聞きが悪いな。人助けと言って欲しい」
「なにが人助けだよ。人じゃねぇじゃねぇか」
『う〜、そんな差別だよ〜』
「だ〜! 五月蝿い! だまってろ!」
そんなブレスとセシアの会話を眺めニヤニヤと口元を歪めるクロスド。
「その嬢ちゃんはな、ゴーストだよ」
「ご〜すと? そりゃそうだろ、亡霊なんだし」
「それが違うんだな、これが。亡霊ではなくゴースト現象、正確にはゴースト・フラッシュバック現象。強力な魔力の影響を受けた“場”に存在する残留思念が魔力をスクリーンにして映し出される、と言う現象だ。過去の記述だと何代か前のラジアハンドのビショップが魔力を暴走させたときは、かつてそこに存在していた街、丸々一つがゴーストとして現れたとか現れないとか……まぁ、これは眉唾だろうけどな。話はそれたがこの嬢ちゃんの場合、思念が強すぎて自己を保ったままゴーストになったわけだが……判るか?」
「ぜんぜん」
クロスドの説明に首を大きく左右に振るブレス。それを見てクロスドは苦笑し、「まぁ、理解できないと思ってたがな」と挑発するような口調で肩をすくめる。
「ところでだ坊や、闇市までにゃまだ日がある。それまでちょっと小遣い稼ぎする気はねぇか?」
「……小遣い――かせぎ?」
そんなブレスの気が抜けた声がロビーに響く。
ストレシアは今日も熱くなるだろう……。