ラジアハンド王国正規騎士団が一緒だったおかげか、その後は何事もなく平穏にラジアハンド城下町まで来ることが出来た。
別にこのまま城に直行しても問題ないのだが、誰が言うでもなく一度街に寄ろうという雰囲気になり、門が閉じる少し前の時刻に城門の前で落ち合おうという事になった。
エーリックは一足先に城に戻り、リオ、フォルクス、アルフェリアの三人は一緒に行動することとなった。
アルフェリアは一人でさっさと歩き出してしまったのだが、フォルクスは相変わらずアルフェリアを心配してくれているらしく一緒に来てくれたのだ。もちろん、リオはフォルクスと一緒だ。
…………道中での襲撃。
アルフェリアは、あれは自分を狙ったものだろうと思っていた。
この前も襲われたばかりだ。その時の刺客はしっかり脅しておいたが、その前に本家と連絡をとっていないとは言いきれないのだ。
人がいない場所よりは居る場所の方がまだ安心できるが、クラリアットでのことを考えると人が大勢居る場所では襲ってこないという保証もない。
きっと城に入ってしまえば襲われる率はぐんと下がるだろう。
まさかラジアハンド国を敵に回してまでアルフェリアに手を出そうとはしないだろうから。
そう考えると、街をうろうろなどしないで、エーリックが先に城に行くと言った時に一緒に行ってしまえば良かったのだ。
けれど、どうもそんな気になれなかった。
レイチェルの研究室での一件が、レイチェルと顔を合わせづらくしていた。
「アルフェリア」
呼ばれて、アルフェリアは後ろに振りかえる。
一応一緒に歩いていたはずなのだが……
考え事に没頭していたアルフェリアは、いつのまにかフォルクスたちよりずいぶん先を歩いていた。
「何?」
呼ばれたのだからと、とりあえず立ち止まり言葉を返す。
その返答にフォルクスは苦い顔を見せた。
こんな表情を以前にも見たことがある…………ルークだ。
理由もなんとなくわかる。けれど、自分でもどうしようもないのだ。
アルフェリアはすでに思い出せなくなっていた。
自分がどんな時に楽しいと感じ、どんな時に哀しいと感じていたのか……。そして、それ自体すでにアルフェリアにはどうでも良いことだった。
そして時間は過ぎ、夕刻。
三人は当初の予定通り城門へと向かった。
城門に近づくにつれ、行き交う人々の雰囲気は変わっていき、夕刻と言う事も手伝って人通りも少しばかり減ってくる。
城門の前で手を振っている人物が一人。
ここからではよくわからないがどうやら女性であるらしい。アルフェリアには見覚えはなかったが、彼女の様子からして知り合いを待っているようだ。
そう思ってぐるっと視線をめぐらすと、いつもと少しばかり違うフォルクスの顔が目に入った。
フォルクスの知り合いなのか……
そう言えばエーリックとフォルクスの会話の中で何度か女性の名前が出てきていたような記憶がある。
近づいていくと、女性はにっこりと笑って言った。
「久しぶりね、白ウサギくん」
フォルクスも同じように久しぶり、と返す。
そして、女性の視線がリオとアルフェリアの方に向いた。
女性は簡単な自己紹介をしてくれ、それからこちらの名前を尋ねた。
アルフェリアが名乗った時、一瞬女性――アーリンの表情が変わったような気がしたが、彼女が何も言ってこなかったので、アルフェリアもそれ以上は何も言わなかった。
「それじゃ、中に入りましょうか。案内するわ」
アーリンが歩き出し、フォルクスたち三人も後に続いて歩き出した。その時だ。
「あっ……」
カツンという音とともにアルフェリアの手から何かが滑り落ちた。
アルフェリアの唯一最大の宝物であり、母の形見でもあるブレスレット。その鎖が切れてしまったのだ。
小さな宝石がついたそのブレスレットは道を転がり、通りから少し逸れた横道へと入っていった。
アルフェリアはもと来た道を少しだけ戻ってそれを拾いに行く。
フォルクスたちはその場で立ち止まり、アルフェリアが戻ってくるのを待つ。
――アルフェリアが横道へと入り、フォルクスたちから見えない位置に来た時だった。
風を切る音が聞こえ、その直後。アルフェリアの右肩に矢が飛びこんできた。
ブレスレットに気を取られていたせいで、アルフェリアはそれを避けることが出来なかった。
アルフェリアは小さくうめき声を漏らした。
それは痛みに対する叫びではなく、突然のことに対する驚きの声。
普段ならばすぐに周囲を警戒しただろう。
けれどあのブレスレットはアルフェリアにとって一番大事な宝物。例え罠にはまっても、とにかくまずブレスレットを拾いたかった。
一応周囲への警戒は怠らない様注意しながら先ほど拾い損ねたブレスレットを取りに行く。
しかし、やはりどこか注意力が散漫になっていたらしい。
アルフェリアは、自分の背後に忍び寄る人影に、直前まで気付くことが出来なかった。
そして、気づいた時はもう手遅れだった。
アルフェリアを猛烈な眠気が襲う。
魔法か薬によるものだろうことはすぐにわかった。
けれど意識が朦朧としはじめているこの状態で対抗できるはずもなく、アルフェリアはそのまま意識を失った。
いつまでも戻ってこないアルフェリアを心配してフォルクスたちがその場所に来た時、そこにはアルフェリアがいつも身につけていたあのブレスレットだけが残されていた。
そして、アルフェリアの姿はどこにも見つからなかった……。