明くる日、楽は昨日と同じ宿で目覚めた。
デント達と別れ、久しぶりに一人で朝食をとる朝だった。
宿の1階部分が食堂になっていて、泊まり客でにぎわっている。
楽が食事をしていると、後ろのテーブルにいた男が突然歌い出した。
あまりうまくはなかったが、そのメロディーは心に響く。
その男は一曲歌い終わると「あれぇ、おかしいなぁ……」などと言いながら連れと話をし始めた。
「昨日聴いた歌は確かこんな感じだったけど……
やっぱりバードの歌を真似するなんてできないんだなぁ……」
男が残念そうに言うと、連れが答えた。
「そりゃそうさ。バードはなんてったって歌の名人だからな。メロディーはだいたいで真似できても、あの声色は真似できない。
それにしても、昨日のバード、歌うまかったなぁ……。
俺の聴いた中じゃピカイチだったぞ。
あんな年で一人旅とは……若いっていいねぇ」
「ほんとに。羨ましいぜ、若さってやつは……。
そういえば、2,3日はこの町にいるって言ってたよな、あのバード。
俺、今日も探してみようかな。
歌を聴いていると、若さがもらえるような気がするよ」
「……おまえが若返るはずないだろ」
男とその連れは2人して笑い出した。
「バード、かぁ……」
楽は男達の話を聞いて興味を持った。
生まれてこのかた、バードの歌は聴いたことがない。
剣の道場ではバードに出合う機会もなかったし、旅もまだ始めて1ヶ月ちょっとしか経っていない。
それに、世界中を旅していると言われるバードなら色々なことを知っているかもしれない。
もしかしたら、ザブルやガロンのことを知っているかもしれないのだ。
朝食を終えた楽は、荷物をまとめて宿を後にした。
そして雑踏を歩く。
砂漠で疲れた旅人がたくさん寄るのだろう、周りを見回すと宿屋が多い。
ウェストルには酒場が、そしてこのザクには宿屋が……
世界には色々な町があるものだ。
昔、父も言っていた。
「世界には色々な町があるんだぞ。
おまえも大きくなったら一緒に行くか? 剣職人の町へ。
すごいぞぉ、あの町は。
朝から晩まで剣を打つ音が響いていて、実に居心地がいい。
山の中にあって、ほとんどの人はその存在さえ知らないんだ。
剣を造るものだけが知っている町……。
このアディンバルも住みやすいが、あの町もなかなかいいぞ……」
!!!
思い出した。
剣職人の町!
そこに行けば両親の手がかりがつかめるかもしれない。
楽は足を止めて記憶をたぐった。
「ねぇ、お父さん。その町はどこにあるの?」
「ん? 剣職人の町か?
そうだなぁ……。
よし、おまえには特別教えてやろう。
剣職人の町はな、霊峰――――にあるんだ」
「ふぅん。聞いたこともないや。
お母さんも昌さんも、それから、道場を開いてるおじさんだってそんな名前の町の話はしてくれたことないよ」
「はっはっは、そうだろう。
おまえも大きくなったら旅に出ろ。
いいぞぉ、旅は。世界中を回って色々なことを学ぶんだ。
旅をしていればいつか霊峰――――の話だって聞くことになるさ」
……駄目だ、思い出せない。
でも、『霊峰』という言葉だけは思い出せた。
旅をしていればきっと見つかる。
きっと……。
気を取り直してまた足を進めると、どこからか歌が聞こえてきた。
歌声につられて声の主を探すと、町外れになにやら人だかりができている。
人だかりの間からチラッとのぞくと、そこには緑色の服を着た男の子がいた。
ギターをもっているところを見ると、どうやらこの子が声の主らしい。
澄んだ声が辺りに響きわたる。
ふと見ると、朝宿屋で話していた男2人がその歌を聴いている。
そうか、この子があのバードなんだな……
そう思いながら、楽は初めて聴くバードの歌声に浸っていた。