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フォルクス11

 宿の一室で、寝台に座ったリオの腕の傷口を包んでいた暖かい光が萎んでいく。血は止まってある程度は塞がったが、完全に元通りというわけにはいかなかった。
「悪いな、どうも治療の得意な精霊への頼み方は下手らしくて。……跡が少し残るかもしれない。すまん」
 フォルクスは一息を吐いてからリオにそう詫びた。
 相手の身分を考えれば本当はもっと丁重な態度でなくてはならないのだろうが、場所と状況柄、なんとなく態度を変え兼ねていた。レイチェルの時と同じである。
 アルサロサ唯一の宿スワニークに引き返した一行は少々無理に頼み込んで部屋を二つ確保した。とにかく腰を落ち付けて状況を整理したかったのと、リオとアストとは隔離した方がよかろう、というのがフォルクスとヴァンが差し辺り出した結論である。
「状況が状況だから、レイチェルが戻ってきたら同室は勘弁してくれな」
 以前、他人と同じ部屋では寝たくない、と言った少女は何も応えなかったので、フォルクスは勝手に了解してくれたものととった。
「で、できれば状況を、もうちょっと説明してくれるとありがたいんだが…」
「……どうして?」
 表情は堅いまま、口調は、関係ないでしょうと言いたげだ。
「そうだな……あんたをここで見捨てる、ってのは俺たちも後味が悪いんでね。どうせなら、最後まで解決したい」
「……わたしは、気にしない」
「気にしてるのは俺たちの方だ。そうだな……恩着せがましいようだが、あんたを助けたお礼がわりに、ってことで、教えてくれないか?」
 それでも、リオはややためらった。が、フォルクスに諦める様子がないのを見て、ぽつりぽつりと、アストのことを語りだした。
 話が終った少し後、隣室でアスト王子から事情を聞き出していたヴァンが軽いため息と共に戻ってきた。どうだった、と問うフォルクスに肩を竦める。
「どうもこうも……真剣にすっからかん」
 頭の横で、人差し指を二度ばかりまわしてぱっと上へ手を開いて見せる。
「お姫様に振られて引き下がった直後あたりから、なぁんも覚えてないってさ。おかしな人間に会った記憶なんかもない、って言うし。
 今、えらく落ちこんじゃっててさ、完全に虚脱状態。一人にしてくれって。
 でも、これじゃぁ例の環(サークル)自体はどっちかっていうとオマケだよな」
「…というか、冷静に考えてみれば、あれだけでおかしくなるなら、一番おかしくならなきゃならんのは、思いっきり中に入っちまった俺たちだ」
「……ごもっとも」
「…で、理論型ソーサレスのお前としては、だ。ソーサレスの魔法でそういう自体を作るのは可能だと思うか?」
 厭味は無視して、ヴァンは腕を組む。
「不可能とは言えないよ。ただし、不可能に近いくらいには難しい。
 精神に干渉するのは火を出すのなんかとは技術レベルの次元が違うし、それに、どうしたって呪文詠唱のタイム・ラグが入るからね。人物の記憶も無いってのはちょっと……精霊や薬物は?」
 今度はアルケミスト部門卒業生のフェアリーマスターのフォルクスが応える。
「精神を司る精霊は、本人に害になるような指示には基本的に従わない。さっき眠らせたのも彼らに呼びかけてのことだから、直接関係はない。
 薬物はもっと無いな。麻薬でも常用してておかしくなるんだったら、もっと徹底的に、だし、即行性は無いからそこまで器用な記憶の欠落は難しい」
「アルケミストでもないか。……ビーストマスターやドラゴンマスターの操作の力が人間に通用するなんて聞いたこともないし……プリーストなんか論外だし……と、残るのは………直接精神操作……サイオニック、か…」
「…いくら連中でも、記憶ふっとばした上で操るなんて強烈な真似ができてたまるか。世界征服でも何でもお手のものになっちまうだろうが」
 振り出しに戻る。
 ヴァンを頭を振った。
「とりあえず、第三者の“敵”がいると仮定しよう。
 王子さまは、理由はどうでもとりあえず、王女さまが欲しかった。でも、振られてどうしようもなくて、一回は諦めたんだ」
「……でも“敵”は諦め切れなかった……いや…」
 何かが違う気がする。
「…あの…おかしな場所……動物もいなかった…」
 完全に煮詰まった頭を抱える男二人の耳にリオの小さな声が飛び込んできた。何かにすがるように、ヴァンが聞き返す。
「動物?」
「奇妙だったもの……近寄りたくなかったんだ」
「王女さま、ビーストマスターなのか」
 考えるのに疲れたフォルクスはふざけ気味にヴァンを白い目で見る。
「環(サークル)のそばが異常なのは、直接的な魔力には縁遠いビーストマスターや、動物にも判るんだってよ」
「うるっさいなぁ、どうせ俺は鈍いよ!……っと、待てよ」
 ぽん、と手を打つ。
「“敵”は当然、その異常性を承知であの場所を選んだわけだよな」
「魔法使いなら当然だな」
「しつこい!
 だったら……“敵”はその影響を受けて王子がおかしくなることを計算に入れていたとしたらどうだ? 最悪、刃傷沙汰になることも。
 だったら、目的は二人の因りを元に戻すことなんかじゃない、破綻を決定的にすることだ……しかも、普通にじゃなくて、なるべく派手な方法で!」
「……そうか、大領主のスキャンダル目当てか!」
「別に難しいことはしなくていい。
 王女を諦めたアスト王子の、意識では押しこめた深い所にある潜在意識の願望を表面に引き出して認識させる。これだけなら、ある程度の力のあるサイオニックにならお手のものだ」
「それで頭がいっぱいなところへ、王女を呼んでおきます、ここへ来てください、とでも言っとけば一もニもなく来るだろうし……
 アカデミーへの捜索依頼やならず者まがいの連中を雇うのは、使いの者とか名乗れば、別に王子本人でなくてもいい」
 ヴァンが大きく頷く。
「もともと強制的に不安定にさせられた精神状態にゆがんだ魔力の干渉を受ければ異常を来すのは当然だ。正常な判断はできないから眠らせられてたりしても疑問に思わない」
 “敵”は、リオがアストを張り手でふっとばすとか、それに怒ってアストが王女惨殺とか、そのまま精神崩壊でも起こして廃人になるとか、そんなことを狙っていたのかもしれない。最低でも、アスト王子の評判はガタ落ちになる。
「頭が煮詰まった上に興奮状態になった時の記憶なんか、もともとふっとんでたり曖昧でも当たり前な上に、フォルクスが無理矢理に終らせてるから……」
「結果的に空っぽか……辻褄は合うな」
 一応の結論が出た、ほぼその時。
  ドン  ガタン バキッ!
 扉を蹴破る音がした。
「隣だ!」
 部屋から飛び出す。そこでは、すっかり回収を忘れていた誘拐実行犯の三人とアスト王子とが対峙していた。

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