夜になった。いや、なってしまった。
しかし、まだ町には着いていない。
正直、リルクリルまでこれほどかかるとは思っていなかった。
もちろん、町までの道を忘れたという事ではない。
ただ、以前この町を訪れたときはもうちょっと早く着けたと記憶していたのだが……。まったくもっていいかげんな管理をする頭だと思う。
取り敢えず、敵の襲来はないだろう、夜の晩は俺一人で十分だから、と言ってフォルクスとリオを寝かせた。
焚き火の温かさ、それと疲れのせいだろう、すぐに寝入ってしまう。
ちょっと安心する。
俺は、これからのことを幾らか考えなきゃならん。
そういえば昼間、休憩中にウェノが飛来した。予想通りルンドからで、今どこにいるのかを聞かれた。大体の事を書いて送り返したが、後を追ってくるかどうかは知らない。まあ、俺はリルクリルにしばらく滞在するつもりだから完全な行き違いにはならないはずだ。
しかし、リルクリルに行こうとするなんて一体何を考えているのだ、俺は。気が動転していたとは言っても、ぶっ飛んでいるよな、まったく。急な事態に常人あらざる発想をしてしまう事は、かねがね注意していたのだが、不注意だった。
……エールブルーの追っ手。奴ら、フォルクスのおかげで相当思い知ってくれたはずだ、しかし、これで終わるとは限らない。もしかしたら、今度は暗殺者を雇ってくるかもしれない。リオさんの故郷の敵国とは言っていたが、本当にそうだとしたら奴らはきっとしつこいぞ。後で本国帰還を勧めよう。
今の時点での要は、リルクリルになるかな。きっとあそこで二人の今後が分れてくる。いや、アルサロサの時点でもうかなり分れてはいるかな。
相当心配な二人だ。
……。フォルクスか。考えてみれば、アカデミーの同部の生徒がこんなに近い存在になるのは初めてだ。俺がまだ生徒だった時のことは別としての話だが。
研究中心に働いていた俺は、生徒に授業するってのはあんまりない。
たまに、希望者を募っての講義をしたくらいだ。そんなんだから、生徒と親しくするってのは考えた事もなかった。教授連や事務連から聞く事は度々あったが、深く考えることはとうとうなかったな。
もちろん、噂程度にならフォルクスの話も聞いている。
「見た目の割に完全に浮いているという事は無い様だぞ。悪い奴じゃないよな。でも怖いよな。授業はまじめなんだけどなー、時々上の空になる事あるっけなー。アルケミストには向いていないな、あやつは。むしろ、ソーサラーやそっち系の才能がある様に見受けられるのう。ケドネケドネ、私この間彼に無視されたわ。感じワルーよね。私は一目置いてるわよ。アノ白い肌に!」
……まあ、イロイロだ。
実際会ってみて、どーだかなーって言うのもかなり多い事し。こっち側といっても結構俗っぽいものなんだろう。
しかし、俺にもちょっと感じている事はある。そいつらの噂程度の発想だろうけど。
この二人、どちらも、内側に何かを隠している。ただの気のせいかもしれないが、時折、秘めたる何かが見え隠れしている。何かと聞かれてもわからんけど。
まっ、俺が考えてもしょうがない。むしろ、これから会いに行く人の方がそういう事はわかるのかな? あ、いや。あの人は外科医だったか。
これから会いに行く人、ハワードさんは俺の父親の友人で医者だ。俺がほんと小さいときに世話になった事があって、それ以来俺も親しくなった。ここぞという時にかなり頼りになる人だ。
あー、リルクリルか。何年振りだろうな。
あの町は俺が知ってる町の中で一番おかしい町だ。かのテーヴァの国境に接しているということもあって、そっちの文化が混在している。それゆえ、何とも言えない雰囲気がある。結構大きい町だから暇もしない。平和でとても居心地良い町だ。
実のところ、俺はリルクリルにはもう一つの目的がある。もしかしたら、俺のここへ暴走してきたことには、この影響があるのかもしれない。それは、俺の師匠に会う事だ。俺の師匠は一所にいるというのが苦手で、いつもどこかをほっつき歩いている。
唯一師匠の行方を知るのはハワードさんだった。
と、こうして考えると、俺はずいぶんな自己中を働いているように見えるな。まあ……いっか。
闇を照らす炎はまだ尽きない。その傍に身を横たえる二人も、目を開ける事はまだない。