ファンタジア

セザール11

 宿に戻ってから、食堂で俺はフォルクスから事のあらましを聞いた。
 俺は運命の女神は本当に悪戯好きなのかも知れないと思った。
 女神の生贄になっていると思しき少女は、疲れているからと言って夕食もとらずに寝てしまった。しかし、それが本当の事であるとは信じられない。
「サイオニックねえ」
 俺はのんきに言った。
「そうです。しかし、まだほとんど何も掴めていません」
 と、応えたのはアストという青年だった。
 そう。街に入った時にフォルクスとリオが話しをしたあの青年がここにいる。
「ぜんっぜんだめさ。もうちょっと何か手がかりがあれば良いんだけど」
 そう言うのはヴァンである。俺達が宿に戻ってきた時、ちょうどそこには彼がいたのだった。彼はフォルクスの友人であり、彼もまたアカデミーの人間だ。もちろん、俺の頭の中には見当たらない顔だった。しかし、あっちはこっちを多少知っていたらしくフォルクスの紹介でかなり驚いていた。
「関係あるかどうかは判らないけど、近くで環を見つけた」
「おいおい、嘘だろ。なんでそんなにそっちこっちにあるんだよ?」
 ヴァンは顔をしかめて言った。 
「環? ってさっきお前達が見ていたやつか」
 俺はフォルクスに聞く。
「はい。アルサロサの近くの森にもありました。そんなにできる物ではないはずなのに」
「あれのせいで、僕は大変な事をしてしまいましたし」
 アストが悔しそうに言う。
「けどよ、環がここにもあったって事は、ここに事件に関係する何かがあるんじゃないのか」
 フォルクスは少し考えて、
「それは幾らなんでもないだろ。敵はあそこにたまたまあった環を利用するために、あの場所を選んだだけだろう。環があるから敵もそこにいるってことはまず無い。あの環を利用してまた何か仕掛けてこようとしているのなら別だけど」
「ところで、お前達が言う敵と、エーレブルーから来た兵士どもの繋がりはなんだ?」
 俺は口を挟んだ。
「エーレブルー国の兵士?」
 ヴァンが答える。
「ああ、お前が出ていった後しばらくして、そいつらの襲撃があったんだ。リオを渡せって」
 フォルクスが説明する。
「リオを?」
 アストが表情を曇らす。
「いいか、俺にもまだよくわからないけどな、これは思ってるより複雑だ。エーレブルーは何故か刺客を二つも送り込んできた。第一陣の後、間髪入れず第二陣。しかも、その二つは別の目的を持っていた。何故、こんなにも足並みが揃っていないのか」
 俺の発言は三人を意外と悩ませた。
「それは、敵と兵士が同じところからの命令で動いていたと考えるからいけない」
 三人の結論が出る前に、俺は続けた。
「実は、この二つが別のところからの全く違う命令で動いていたのだとしたら、どうだろう」
 三人は、俺の顔を見た。
「めんどーくせー話になったろう?」

 

 暗い論壇はやっとお開きになり、俺達は、部屋に戻った。俺とフォルクスは廊下の突き当たりの部屋だった。
 そして、その隣の部屋には、アストとヴァンが入って行った。それは、女神の悪戯その一に違いないと、俺は思う。
「フォルクス、リオはいるか?」
 俺は先に部屋に入ったフォルクスに聞く。
「ええ、います。どうかしたんですか?」
「いやね。お嬢ちゃん、まさか逃げ出してやいなかったかな、ってな」
 フォルクスは布団の中で静かに眠っている彼女を見た。
 ちなみに、この宿の客室内は土足厳禁という変わった規則がある。そして、椅子が無くて床に直接座るようである。その証拠に、ベッド代わりであろう布団という物が床に敷かれている。布団は固くも無く、柔らかくも無くちょうど良いぐらいだ。
「俺にはよくわからんが、ずいぶん大変な立場なんだろう?」
「……大丈夫ですよ。彼女なら、きっと」
 フォルクスが、静かに言う。
 そして、もう寝ましょう、と言った。
 次の朝、リオはとうとう部屋から出てこなかった。
 宿の主人にリオの朝食を部屋に持っていくよう頼んだ。
 隣室の二人は既にどこかに出かけたようだった。
 俺とフォルクスはあっさり目の朝食をとり、今日はどうするかを話していた。
「じゃあ、ハワードさんに会いに行きましょう」
「あ? もう、わざわざ会いに行く必要もないだろ。事件も一段落したんだし」
「けど、せっかくここまで来たんですから。ハワードさんにも失礼でしょう?」
 そう、何かを期待しているように言うフォルクスにちょっと困りながらも、しょうがなく行くことに決めた。
 リオはやはり、今日はここにいます、と言って共に行く事を断った。
「けどなあ、ほんとに普通の人だぞ。まあ、いいけどなあ」
 ハワードさんの医院は街のど真ん中にある。何もこんなに騒がしいところにたてなくても言いと思うのだが、本人曰く、ここが一番繁盛する、だそうだ。
「ここが、病院?」
 フォルクスはそれを見上げて言った。
「正確には医院だ。お前が見ているのは別に医院とは関係無いぞ、さすがに。それはハワードさんの趣味だ」
 俺も見上げているその建物は、町の人にはこう呼ばれている。
『寡黙な時計塔』と。
 そのまんまである。時計塔でありながら、ベルが無いのだ。それは、塔の根元には病人がわんさか来るであろう『家』があるからなのだ。
「家から時計塔を生やそうなんて、誰も思い付かないよな。まあ、ハワードさんはもっと西の生まれだから、かも知れないけどな」
 俺はあんぐりと口を開けているフォルクスを見もせずに、語った。
 その時、時計塔の一階部分、ハワードさんの医院の入り口が突然開いた。
「ん?」
 そこから出てきた白い口ひげを生やした顔は、何を隠そうハワードさんだった。
「ハワードさん! おひさし、ぶ、り、で?」
 彼は俺の声にはなんの反応も示さず、ただ一点、俺の隣にいる人物を見つめていた。
「ほほう!? これはまたおもしろい子供がいるの」
 そして、ずんずんと歳不相応な足取りでフォルクスの目の前に歩み寄った。
 俺はすぐにピンと来た。ハワードさんは不器用な人で、一度に一分野の事しかできないのだ。つまり、何かにはまるとそれ以外の事が目に入らなくなる性格の最上級なのだ。
「ほほ〜。アルビノじゃなあ。にも関わらず、平然と日に当たっておる? ふむ、青年よ、何か匂っておるぞ。そう、これは精霊の匂いだ。青年よ、どうじゃ、上がって行かんか? どうせここに何か用があったんじゃろう? ほれ、遠慮なぞするな」
 訳がわからずおろおろするフォルクスに顔を近づけてそう言うと、にやりと笑う。そして、尚もフォルクスを医院の中へ連れこもうとする。
「せ、先生〜〜……」
 後について来た看護婦さんがその光景を見て呆れる。
「あ、看護婦さん。これから往診ですか?」
「え、ええ。そうなんですけど、これは困りましたわ」
「ちょっと…、かなり遅れると思いますよ。これは」
 困り果てる看護婦さんの隣で俺は、少々笑みを浮かべていた。

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