ファンタジア

リョウルク4

 ことの大小の差はあれやっていることはいつもと変わりなかった。
 考えてはいない。
 その事につきる。
 深く考えて、目的を考えずに下宿を抜け出し、どこかに行く。
 装備は親父殿の遺品のキセルに愛用の長衣、幼い日から身につけている大きめの数珠と常日頃から使い慣らした長巻。長衣の中には幾ばくかの路銀と、糒(ほしいい、干した米)が入っている。完全装備には程遠いものだが、それほど深刻になる程度でもない。放蕩人の装備にしたら、まぁ妥当なとこであろう。
 リョウルクは古い街道を北に歩いていた。テーヴァは大陸の南端であり、リョウルクのいた街は最南端の街だった。それ以南に向かってもあるのは冷たい海だけである。
 街道は古く、テーヴァ特有の脆い岩肌が露出してはいたが、行商も旅人も通る街への唯一の道だ。そう歩きにくいわけでもなく、ましてや途切れるという事はなかった。だが、全く同道者の姿はない。いるのは季節に相応しく勝虫(とんぼ)や鴉の類のみである。
 物寂しいその道をリョウルクは揚々と歩んだ。安物の葉を詰めたキセルをふかし景色を観つつ一定の間隔で進む。疲れないためのこつくらい、一応の勉学で学んでいた。それが案外有効なのに驚きつつも、すんなり受け入れ変わりばえしない岩と山の景観を楽しむ。
 街道は山を跨いでおり、その頂上に着いたころにはすっかり陽は落ち勝虫の姿も消え鴉も闇にまぎれていた。
 山の頂上で寝る。旅の第一日としては理想的だとも思ったが、リョウルクは近くに巨大な樹を発見した。助走をつけ跳び硬い幹を蹴りつけさらに上へと跳ぶ。
 樹上。巨大な枝はしなることなくリョウルクの巨体を受け止めた。ここならば、野盗に襲われる事もないだろうし山犬に食われることもないだろう。彼らが登れる高さではない。
 リョウルクは辺りを、眼下に広がる闇夜の景色を見やった。
 雄大。
 その一言である。
 南に見える黄色の光は自分の育った街であろうか。その西に広がるのはあ港町であろうか。

 旅が始まった。

 それでも、リョウルクは深く考えてはいなかった。

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