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リョウルク35

 ギィド峰という名を付けられた山の連なりは、岩盤国テーヴァの中ではそれほど大きなものではない。海抜だけを見れば大陸最高峰の霊山ホウコウの半ばを越える高さの山は無く、最美の山と謳(うた)われるザイデオ連山ほどの艶も無い。第三の霊峰アウィルの様に人と自然の力を誇る完全自然寺も無かったが、ギィド峰には人々の信仰を集め得る『魅力』があった。
 それは何か。
 そう、外の人間にたどたどしい口調で尋ねられたとしても、テーヴァの大抵の者――ギィド峰を訪るくらいの余裕と心神深さを兼備している人間――であれば喜んで答えるであろう。気の良い者であれば訊かれない事まで語り、最後に自分の本心も付け加える事も予想に難くない。
「あそこは人を拒まない。山神様の御力だ」
 と、だ。

 補給のみは理想的に済ませられた一行は、次の日には出立していた。
 時間の猶予がわからない。なるべくなら急いだほうが良い、そう主張する昌に反対意見を出す者はいなかった。幸いと言うべきかギィド峰という山々は登頂のし易い、平坦でいながらも達成感を得る事には事欠かない、そんな山である。旅慣れた者が大半の一行にとっては、さほどの障害にはなり得ない。
 峰全体から見た中での中央の最高の山。山神――弱りの見える――の座所であり、名前を訊こうにも聞く人のいない山。
 それが目的地である。

「変だ」
 そう言ったのは珍しくもリョウルクであった。巨体を獣道とも言い難い木々の合間に向けて、微かに額を歪めている。表情の読み取りにくいリズマンではあるが、流石にそれが良くない事象だという事はタントルにもわかった。
「何がだい?」
 リズマンが身を低くし遮光版を掛け直して、言う。
「気配……。何かが動いた」
 瀞の顔も歪む。だが直ぐに引き締まった。戦者としての顔、それに代わる。
 タントルも愛用の背嚢を背負い直した。両の腰に掛かる短刀も確認して、軽く叩く。良好。他の者もそれぞれに気を入れ直している。サラフィティスだけはよく解からない。見ない。
「行くかい?」
「行きましょう」
 やはり決を出したのは昌だった。何があったのか、何を悟ったのかなどは一切判らないが――とまれ、彼にとってはいい変化と言えよう。例えそれが山神を救う期間だけのものであったとしても、やり遂げる事で自信に繋がる。総合では悪い事ではない、そのはずだ。
「リョウルクが先頭を行ってくれ。オレが殿(しんがり)だ」
 タントルは自分も狩人として参加した事を忘れはしなかった。

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