ファンタジア

リエル4

「雇う?」
 リエルはクロスドの奇怪な申し出に、思わず聞き返してしまった。
「そ、雇う。嬢ちゃんがオレを雇えば、昨日の男みたいな奴から襲われても、オレが嬢ちゃんを守ってやることもできるし、旅の連れもできるから、少しは旅が楽しくなるだろ?」
 クロスドの言葉に、リエルはしばらく考えていたが、やがて絞り出すように、言った。
「悪いが、その申し出は受けられない」
「……何故だ?」
 リエルの言葉に、クロスドは怪訝な表情を(たぶん)した。────仮面の所為でよくわからない────
「何故、か。それは至極簡単なことだ。金がない」
 リエルの答えに、クロスドはその場にずっこけそうになった。
「か、金……?」
「そう、金だ。私には貴方を雇って、報酬を出すほどの金がない。それに─────」
 そこで一端言葉を切り、遠くを見つめるように、窓の外に視線をやった。
「貴方にこれ以上迷惑をかける訳にはいかない」
 その声は、とても小さく、今にも消え入りそうだったが、クロスドの耳にもしっかりと届いた。
 リエルは言葉を続けた。
「貴方には、感謝しているし、恩義も感じる。しかし、だからこそ、これ以上貴方に迷惑はかけたくない」
「別に迷惑だなんて、思ってないんだがな、オレは」
 クロスドはそう言ったが、リエルは首を横に振るばかりだ。
「それを、たとえ貴方が許しても私が自分を許せない。だから、雇うことはできない」
「だが──────」
 クロスドは尚もまだ何か言おうとしたが、リエルを見てやめた。
 リエルの表情は揺るぎない。 何を言っても無駄だ、とクロスドは悟った。
 しかたなく、小さく息をつくと、クロスドは立ち上がった。
「わかった。そこまで言うなら、別に良い。ただ、明日の朝まではココに居るつもりだから、気が変わったら、オレのトコまで来い。一緒に行く。それじゃ」
 言うだけ言って、クロスドは立ち去った。
 扉をバタンっと閉めて、ふと気が付く。
(あ、嬢ちゃんの名前、聞くの忘れた……)
 まぁ、いいか。一緒に行くなら、その時聞けばいいし、行かぬならこれっきりだ。聞く必要もない。
 クロスドは一人で結論を出し、宿の自分の部屋へと向かった。

 リエルは、一人で考えていた。勿論、クロスドのことである。
 馬鹿げている、とリエルは思う。
 なんの義理もない小娘に、雇ってくれなんて言い出すクロスドも、それを断る自分も。
(迷惑をかけたくない、か──────)
 そんなのきれい事に過ぎない、とリエルは自分でも思っていた。
──金がない。───
 そんなの勿論立て前だ。
 本当は、一緒に旅をしたくない。一緒にいたくない。それだけだ。
(だったら何故それを言わない?)
 そんなの決まっている。ただ、嫌われたくないのだ。クロスドに。
(何故────?)
 こんなの、矛盾している。
 そこまで考えて、リエルの思考は止まった。
 すごく、嫌な感じがする。
 あのとき感じた、何かの予兆みたいな─────

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