ファンタジア

リオ21

第二十一章    記憶の中の記憶

 

 ビルセクトという宿は綺麗でもなく汚くもなく、ごくごく普通の宿だった。
「俺はコレ届けに行くけど……お前は?」
 書類の束をバサバサされながらフォルクスが言う。
「……行かない」
「わかった。じゃ、行ってくる」
 疲れていたわけではないのだが、リオは宿で休む事にした。
 小さな窓からフォルクスが消えるまで見送ると、ベットに座った。
 静かな空気しか、リオを包むものはいない。
「…………」

 ―――貴方のお父さん、死んじゃったのよ。

 いつもの悪いクセが、また始まる。

 ―――貴方のお父さんね、危篤状態の時ずっと貴方の名前を呼んでいたの。
     そして、謝ってたわ。すまなかった、すまなかったリオ。ってね。

「今更……」
 リオは頭を抱えた。
 一人でいると嫌な事ばかり思い出す。
 やっぱりフォルクスと一緒に行けばよかった……
 そんな後悔と過去の記憶をぐるぐる頭の中で考えると、その奥の記憶である言葉が思い浮かんでいた。

 ――リオ、父さんはリオが嫌いだから冷たいんじゃないんだよ。

 …………。
 思い出せない……
 このセリフを言ったのは誰なのか。
 幼い頃からそばにいた確かな存在が、思い出せない……

 ――もし父さんが死んだら僕が王様になるんだ。格好いいだろ?

 …………。

「……兄さん……」

 思い出した。
 セントルシア王国の王には、リオには、たった一人の兄がいたのだ……。
 まだリオが充分に言葉を喋れない頃、確かに兄がいた。
 兄の名は……
「…………」
 思い出せない。
 リオが呆然としながら一人ぼっちの部屋でうずくまる。
「う……」
 突然激しく頭がいたくなった。
 まるで思い出してはいけないことを思い出してしまったような痛み。
 体がそれを拒否している。兄の存在を思い出すのを……
「兄さん……」
 リオはこの時はじめて自分がこの旅でしなければならない任務を思い出した。
 その任務とは、兄を探し出し父の死を知らせる事。
 セントルシア王国はすでにエーレブルー国の支配下にあるのだが
それ以前に、リオは兄に逢いたかった。
 今生きているたった一人の肉親とただ、話したかった。
 リオの記憶の奥の思い出が、くっきりと浮かび上がった。

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