何曲かエルファが歌うと、もう鞄はいっぱいになっていた。
少年に切られてしまった鞄の代わりに楽が店で買ったもので、同じ型の前の鞄よりは少し大きかったのだが、それでも銀貨や銅貨でいっぱいになってしまったのだ。
改めてバードという職のすごさを知った。
楽は歌声を聞きながら考えていた。
昨日、ストレシア騎士団の駐屯所で聞いたことについて。
得た情報は微々たるものだったが、その中で一つだけ引っかかっているものがあった。
「ガロン」という名の男のことである。
大抵の剣士や術の使い手ならば、クラリアットの闘技場か、ここのブルーリストに載っているという。
ブルーリストとはラージバルでの強者達を書き連ねたもので、ストレシアの場合、おもに砂漠の民がその情報を大陸中から集める。
その中にガロンの名前はなかった。
あれほどの強さならばどこかに載っていても良いはずである。
それが気になっていた。
昨日はジェントの行方も聞いてみたが、分からない、と言われた。
砂漠を旅していれば必ず一度は会えるはずだ、とも言っていた。
昔はこのストレシア城にもよく足を運んでいたようだが、最近は滅多にその姿を見せずに、砂漠を歩き回っているそうだ。
砂漠で何かを探しているらしい。
ここで待っていても会えないのなら……と今朝、楽は旅の主導権をエルファに託した。
砂漠にいれば会えるかもしれない……女剣士ジェントに……。
それに、エルファの言っていた夢の中の謎の男も気になっている。
『助けて欲しい』とエルファに訴えかけるあの男のことである。
もしかしたら、砂漠のどこかで苦しんでいる旅人かもしれない。
でも、旅人であるならば『淋しい』という表現は少しおかしい気がする。
エルファに『淋しい』と訴えかけるその男、砂漠でエルファを待っているような気がしてならないのだ。
エルファの歌はまだ続いている。
楽の知らない言語なのか、バードが使う歌用の言語なのか、その歌の意味はあまりよく分からない。
ただ、時たまに知っている言葉が聞こえてくる。
透き通った歌声に乗って、その言葉だけが楽の頭に入る。
時にはそれが『剣』であったり『荒野』であったりする。
その言葉だけをつなげても意味は分からないのだが、その中に『リンゴ』や『小瓶』などという言葉も聞こえてくるものだから、
どうしてもどういう歌なのか気になってしまう。
もしかしたら、自分の知っている言葉に近づけた、ただの聞き違いかもしれない。
エルファの歌が終わりに近づいてきたとき、また聞き取れた言葉があった。
『ガロン』である。
探し求めていたガロンがエルファの歌の中から聞こえてきたのだ。
しかしなぜ?
その前に聞き取れた言葉は『光』そして『いにしえ』の二つ。
どう考えてもつながらない。
……また聞き違えたのであろうか。
ガロンを探し求めるあまり、それが願望になって、似た言葉を「ガロン」と聞いたのかもしれない。
もし、もう一度この言葉をエルファの歌から聞いたとき、その時は聞いてみることにしよう。
歌が終わった。
エルファが嬉しそうな顔をしてお金の貯まった鞄を肩に掛けた。
「それじゃ、行こう!」
そう言ってエルファは歩き出した。