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クロスド10(仮面と少女と竜使い13)

『あたしは、セシア。あなた達は?』
 そう訪ねてくる亡霊。敵だとばかり思っていた存在に友好的に声を掛けられ声を無くす一同。いや、その状況でも冷静に対処する人物が居た。
「私はリエルという。それでこちらがブレスとそのペットのエンペランサ。後一人ココには居ない馬鹿が居るが……まぁ、来てからで良いだろう」
 的確に、そして素早く対処するリエル。後ろでエンペランサが「ペットとは何よ!」などと抗議をしているが反応しても面倒なだけなので無視することにした。
「それで貴方は何のためにこの船を――と言うよりもココ最近の船を襲ったりしているのだ? 見るからに貴方は攻撃的な存在とは思えない」
『あ〜それね、それあたし関係ないよ、だってあたしは襲ってないもん』
 リエルの問いに脳天気に答える亡霊。けらけらと笑い声をあげる様はどう見ても生きている人そのものであり、先ほどの出来事がなければそこらにいる女性とも間違うだろう。
 しかし、そんな彼女の態度には全く気が回らない一同。呆気にとられた……と言うより拍子抜けしたような感情が表情にでている。リエルでさえ口をぽかんと開いたほどだ。現在進行形で襲われている歌う亡霊でありながら誰一人も襲っていないと言うのだ、この亡霊は。
「つまりだ……結局は“歌う亡霊”ってあんたなのか?」
 とまどいを隠せない様子でブレスは訪ねる。
『う〜ん、半分は正解でもう半分は間違いかな? だって実際あたしは歌っていたし亡霊だし……。でも人を襲ってないのはホントだよ〜』
「それじゃこの状況はどう説明するんだ!」
 へらへらとした態度の亡霊に思わず声を上げるブレス。実際に目の前で死人がでているのである。今までには体験したことのない狂気な状況に少しばかり興奮状態になっているからでも在ろう。
『だってやってないのは事実だし、あたしだってこんなの何回も見せられたらイヤになっちゃうよ〜。こんな身体だから助けることもできないし、せめて鎮魂歌だけでも……って思って』
「まて、貴方は襲っていないのだな? ならば誰がこのような惨状を作り上げた? さらに毎回見せられている? どうして逃げ出すなる、移動するなりしないのだ?」
『わっわっ、そんなに一杯聞かれてもあたしだって巧く説明できないのに〜」
「ならば順を追って説明して貰おう。まずはこれの犯人は何者だ? そして貴方は何故動けない?」
『えっと……なんて言ったらいいのかな?この犯人は――って人じゃないんだけどね、一応犯人って言うよ。で、犯人なんだけど……』
「それはな、“霧”だよ」
 回答は思わぬ方向から飛んできた。突然言葉を掛けられ皆が振り向くとそこには腹部を押さえた仮面の男が壁に背を付け立っていた。
「霧? どう言うことだクロスド」
「オレ等は歌が聞こえてから霧がでてきた、って思いこんでた。それが実は違ったんだ。霧が発生したからこそ歌が聞こえた――いや、霧が歌を運んできたと言ったらいいか?」
 そこまで言って一息つくクロスド。よく見れば手で押さえられている腹部は出血している。尋常ではないその様子に文句を言ってやろうとしていたエンペランサも言葉を発せないでいる。
「自立型無形体魔法生物……それがこの霧の正体だ。霧で出来たゴーレムと言えばいいか? コイツは命令を受けなくとも自己で行動を起こす。他のゴーレムと違うところは自らでエネルギーの補給をするところか」
「自らで?」
「……捕食するんだよ、コイツは。血液やペースト状にした肉から、言うなれば生命力と言ったモノを吸引する。それを内部で魔力に精製、吸収と消化器官に似たものすら持っている。簡単にいえば人食い霧だな」
 その話を聞いたとたんエンペランサは「うげっ」と周りの霧から身を隠すようにブレスの陰に隠れる。亡霊が敵対する存在ではないと判り通常の小型ドラゴンに戻っていた。
「そんな話聞いたこと無いぞ?」
「制作者の命令を聞かない、生き物と見れば無差別で襲いかかると欠陥だらけで実験段階でおじゃんになった代物だ。普通は知るはず無いよな。初期生産だけで数十体も存在してないはずなのに、なかなかどうして逞しく育ったじゃない。まぁ、ココまで育ったのは良い栄養が在ったからだな」
 そう言って亡霊に視線を向けるクロスド。
「で、第二の答え。コイツはそこの亡霊さんを食べちまってる。半ば同化しちまってるせいでコイツから逃れられないと」
「説明は判った。だがクロスド、お前は何故そのことを知っている?」
「オレは博識だからな〜」
 リエルの問いにはぐらかすように答えるクロスド。
「そんなことよりも今コイツは満腹でしばらく動かない。今のウチに救命艇かなにか探してきてくれないか? まぁ、無ければ最後の手段でトカゲ君に飛んで貰うが」
「なんであたしがブレスくんやリエルちゃんならともかくあんたを乗せなきゃいけないの! と言うかトカゲ言うな!」
 くってかかるエンペランサをブレスが押しとどめる。リエルはそんな物に目もくれずさっさと探しに行ってしまった
「あ〜説明は判ったんだが……あんたその傷……ダイジョブなのか?」
「これか? いつものことだから気にするな。オレは大丈夫だから嬢ちゃんを見てきてくれ。この船の中には霧よりも怖い狼が居るからな」
 そう言ってブレスをリエルの元に走らせる。そして甲板にはクロスドと亡霊が残った。
『あなた……本当に人間?』
「何だよ、いきなり。亡霊にそんなコト言われたらへこむぞオレも」
 ブレスの姿が消えたのを見計らい亡霊が訪ねてくる。それに対しクロスドは今まで立っていたのが精一杯だったのだろう、ずるずると甲板に腰を下ろす。
『だってあなたこの霧と同じ感じがする……それに……命がない……』
「コイツと同じか……。まぁ、在る意味コイツとは兄弟だからな」
『兄弟?』
「……ディモール・シャープネス……。そいつがこの霧の生みの親だよ……。そして……俺のな……」

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